2010年05月12日

底力(4)

「植物の魂」は人の中でどのように現れているのでしょうか?

海岸に行くと大きな岩の上に松がガッキと立っている風景に出合います。
そんな松の姿を見るたびに、いつも松は何を食べて生きているのだろう、という幼稚な思いにとらわれます。
岩だけで生きていけるのだから松というのはすごい奴なのですが、考えてみれば、土地で育っている植物も同類ですね。

野菜には肥料を与えたりするので、何か肥やしを食べて育つのだと錯覚しがちなのだと思います。
野菜にしても松にしても、植物は人間や動物と違って、わざわざ、えさを求めて右往左往する必要はありません。

黙って立っているだけで、必要な食糧は自動的に与えられるのですから、うらやましいかぎりです。

旧約聖書によりますと、人間の場合、肉体は土でできているのですが、この土の中には、植物が分解して生成した成分が含まれています。すなわち、人間の中には、植物由来の器官があるのです。
すなわち胃や腸、腎臓や肝臓、そして心臓、肺臓などの植物性器官があって、食べたものは自動的に処理されるようになっています。
寝ている間でも休まず働いてくれているのですから、考えてみれば驚きですね。

全部自動的にやってくれるのは、自律神経のお蔭です。
放っておいても生きていけるようになっているのに、何故か具合悪くなったりします。
自律神経が、うまく働いてくれないからです。自律神経失調症という現代病があって困ったものですね。
  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 17:25TrackBack(0)今日の出来事

2010年05月06日

底力(3)

立花大敬さんは

「人間の魂は顕在的には四層から成り成っている。進化の過程でたどってきた道筋が魂の階層構造になっているのです。下から〈鉱物の魂〉〈植物の魂〉〈動物の魂〉そして〈人間の魂〉だ」

と言っておられます。


ところで旧約聖書に

「始めに神は天と地とを創造された」「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きたものとなった」「主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた」

という表現があります。


旧約聖書の表現は象徴的に人の肉体を現しています。肉体は鉱物からできていて、イノチは存在しないのです。神がイノチの息を吹き入れられて始めて生命が誕生したというのは、人間は宇宙を呼吸しているということを示唆しているのだと思われます。

呼吸というのは神との交流なのかもしれません。

わたしたちの肉体には、鉱物起源のミネラルがあり、様々な臓器が存在します。ミネラルがなければ電気が通らず、生きていけません。神様が人を土から造られた証拠ではないでしょうか?

心臓や肝臓など各臓器と波動共鳴する鉱石をあてることによって、肉体を癒すストーンヒーリングの意味も明らかになってきますね。

鉱物の魂が基礎となって人間の生命活動が営まれ、生成進化していくのですというのです。
  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 14:53TrackBack(0)今日の出来事

2010年05月04日

底力(2)

海岸にある大きな岩の上にガッキ!と逞しく生えている松の木を見ると、一体どうなっているのかとびっくりするのではないでしょうか?
肥料なんか全くとることもなく、ただ立っているだけで、たくましく育つのですから。

一体どうなっているのでしょうね。
彼らに較べると、動物も人間も食べ物を求めて右往左往し、見つからないとなると、泥棒をするか飢え死にするか、哀れなものですね。

しかし捨てたものではありません。
人間は鉱物、植物、動物と長年月をかけて進化して今日にいたっています。

人間のイノチをつくり上げているのは、他でもない、この植物です。
だから人間の中には植物のイノチが宿っていて、それを忘れているだけなのです。
現実に人間の中には、植物由来の植物性器官が存在し、生きていくための基本的な働きをしています。

人は食べ物を口にすると、黙っていても胃から腸を経て体外に排泄されます。
腎臓や肝臓もしっかり働いて、毒があれば処理して、血液中に毒が拡散するのを防いでくれています。

心臓も休むことなく動いていて、血液をカラダ中に送り出してくれています。
肺は肺で空気を吸い込み、食べたものをエネルギーにするという大切な働きをしてくれています。
これら器官は眠っていても、しっかりその役割を果たしてくれているのですから、考えてみれば人間の中には植物が生きていて、大切な機能を果たしてくれていることになります。

眠っていても生きているなんて、考えて見ればすごいことではないでしょうか?

これら器官がとどこおりなく働くことができるように、自律神経という植物性の神経が縁の下の力持ちとして全体の調節をしてくれています。

いま、世の中に病気が氾濫しているのは、この植物性器官が円滑に働いてくれていないからなのです。
バンクシア・フィットネスは植物の『底力』を解明することによって本来の自分に気づき、イキイキとした暮らしを創造するための明るく楽しいトレーニングです。



バンクシア・フィットネス総合パンフレットのご請求、またお問い合わせは、お気軽に下記までお電話ください。

TEL / フリーダイヤル 0120-94-8107 または0774-72-5889 (担当:青木・北尾)


ホームページも随時更新しています!

http://www.banksia.co.jp/bf/bf.html  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 08:00TrackBack(2)バンクシア・フィットネス

2010年05月01日

底力

人は魂レベルで観てみると、鉱物、植物、動物、人間の4層構造からできています。

地球上で鉱物の時代、植物の時代、動物の時代を経て人間にまで進化したのですから、当然といえば当然なのですね。


鉱物の魂が人間の肉体をつくりあげています。
肉体にはミネラルが存在しますので、電気が流れ、すべての臓器が健全に働きます。
鉱石を使ったストーン・ヒーリングが効果のあるのも、臓器と鉱石の間で、特定の周波数の波がお互いに共鳴しあっているからなのだと思われます。


さて植物です。

植物は放っておいたらどこまでも無限に広がって行きますね。
衰えることのないエネルギーが汲めども尽きない泉のように湧き出してくるのです。
植物は動き回ることもなくただじっとしているだけで、ミネラルと太陽そして空気を少しいただくだけで、元気が湧き出す『底力』をもっているのです。


トータルヘルスデザインでは、人の肉体の中に存在する植物性器官を活性化する簡単な体操をするだけで、『底力』が湧いてきて、『気の達人』として『気』を自由に扱うことができるバンクシア・フィットネスを開講しています。

このブログを通してその真髄をお伝えしていきますが、早く知りたい方にはご連絡いただきますと、資料をお送りいたします。




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♪バンクシア・フィットンネス講座の一コマです  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 16:38TrackBack(4)バンクシア・フィットネス

2009年10月03日

バンクシア・フィットネス

“心と体と宇宙を結ぶ”バンクシア・フィットネス”がお蔭さまで大好評なので
少しご紹介させていただきます。

バンクシア・フィットネスの目的は、
自分の本質すなわち魂とフィットする自分を創造しようという点にあります。


人は体と心を与えられて、この世に生を受けています。

だから幸せに生きるためには、天から与えられた体と心を
うまく使えばよいということになります。

別の言い方をするとそれしかないということになります。

そのためには体と心を一体化する必要があります。
体と心がばらばらでは、何をするにもうまくいきませんね。

バンクシア・フィットネスはまず体を通して、宇宙と一体になることを目指します。

私たちは、交感神経と副交感神経、随意筋と不随意筋、
動物器官と植物器官というように相対する器官のバランスをとることによって
うまく生きていけるように作られています。

一般に運動をすると、交感神経、随意筋、動物器官だけを使う傾向が強く、
疲れが残りがちです。

バンクシア・フィットネスは、これら両方の器官に効果のある体操を
組み合わせてプログラムされています。

(つづく)




『バンクシア・フィットネス』>>THDセミナー案内へ
  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 17:32TrackBack(2)バンクシア・フィットネス

2009年10月02日

般若心経

さきほど、イラスト名人・野上さんの机の上に
『笑い飯哲夫訳『般若心経』という本がおいてあったので、
なんだろうと思って手に取ると、そこにいた若い人が「この本は人気がある」と言って、
笑っていたので、興味半分で、覗いてみました。

さっと見ただけなので、感想を言う立場にはないのですが、感じるところはありました。

偽善家という言葉がありますが、立派なことを言うときは
偽善になりやすいので注意が必要だと思います。

そういう意味では、世の中には偽善で書かれた本がいっぱいあるのかもしれません。
そんな本は嫌気がさすものですね。

この本は偽悪家を気取って書かれたもののようです。

偽善と偽悪は紙の裏と表だと思います。
となると、最近の若い人は、偽善に飽き飽きしていて、
偽悪に拍手喝さいをおくるのかも知れないなーと思ったしだいです。

作者は、根が真面目な求道家なのではないでしょうか?


それにしても、般若心経とは!

いまどきの若い人は道を求める傾向が強いのですね。
若い人だからこそ、物事の真髄を追求するのだと思います。

そういえば宮沢賢治も若かったのですね。
きっと世の中が退廃していることを写してくれているのだと思います。

この本に対する感想というより、この本を好んで読む若い人への感想になってしまいました。

ところで、般若心経の解釈では
立花大敬さんの「般若心経願望実現」が一頭地を抜いているように思っています。

もちろん人それぞれですが、このCDは一聴の価値があるように思います。


THD WEBショップ本店>>『立花大敬 般若心経願望実現』

  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 13:59TrackBack(2)今日の出来事

2009年09月30日

クマったことだ

シルバーウイークという言葉を、先日はじめて耳にしました。
そんな聞いたこともないような連休を利用して、
ひるがの高原・ホープファームに社員旅行に行ってきました。

その後出張が続いたり、なんだかんだとばたばたしているうちに、
ブログを書くことをすっかり忘れていました。

これからまた一念発起して書くことに致します。


今年は9月20日から26日までがお彼岸でした。

チャレンジPPKの杉浦和尚にお聞きしたところ、
お彼岸というのは「到彼岸」の略だそうです。

三途の川をはさんで、こっち側が此岸(しがん)、向こう岸が彼岸です。

此岸というのは私たち欲の深い人間が住んでいる煩悩の渦巻く世界で、
三途の川を渡るとそこが彼岸。
涅槃すなわち極楽です。

どろどろとしたこっち側の岸に住んでいると、
向こう岸が光り輝く天国だということは考えられないのではないでしょうか?

だから地獄のような世界から抜け出し難いのですね。

お彼岸という行事は、仏様の住んでおられる極楽浄土を衆生に示し、
みんなを往生に導こうとする仏事で、日本では紀元800年ごろから
続いている由緒ある行事です。

要するに、人は本来、光り輝く美しい存在なのですよということを
教えていただき、身を引き締める貴重な行事なのです。


お彼岸を前にした9月19日、高山市の乗鞍スカイラインの駐車場で、
観光客など男女9人が山から降りてきたツキノワグマに次々襲われるという
痛ましい事件が発生したと報道されているのを知りました。

高山市というのは、ひるがの高原から眼と鼻の先なので、何か因縁を感じたしだいです。

専門家によると、クマは大変臆病な動物で、身に危険を感じないかぎり
自分から人を襲うというのはありえない動物なのでそうです。

しかしこの事件は、恨みなど何らかの意図をもって
クマが人間を襲ったとしか考えられない事件でした。

「誰でもいいから襲いたかった」と犯人がもらしたと伝えられる
秋葉原の無差別殺人事件と酷似しているのではないでしょうか?

よりによってタイミングもお彼岸直前です。

クマの天命の範疇を超えた事件でした。

これからやってくる社会は、
従来とは全く違う原理で動いていくことを予感させられた、
いわば宇宙的な事件でした。


  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 08:00TrackBack(1)気づき

2009年09月18日

虫の話

夜、ぼーっとしていたり、朝、散歩していて感じることですが、
今年の秋はなんだか「虫の音」があまり聞こえないような気がします。

そこで角田博士の研究を思い出しました。

東京医科歯科大学名誉教授・角田忠信博士によって、
日本人の脳のあり方が世界でもきわめてユニークであることが解明されています。

「日本人の脳」という本が出版され話題を呼んだのは、
1970年代の後半のことであったように思います。

たとえば虫の音や川のせせらぎの音などを、西洋人は右脳で処理するのに対し、
日本人は左脳で聞いているというのです。

日本人が川の音を聞くと、「さらさら」と聞こえますし、
虫の音にしても「チンチロリン」とか「ガチャガチャガチャ」とか、
何か意味があるように聞こえてきますね。

ところが川のせせらぎや虫の音など自然界の音は、
西洋人には雑音にしか聞こえないのだそうです。

日本人は自然と一体となって暮らしている情緒の深い民族なのだと思います。

そう言うと「腹の虫がおさまらない」とか「虫の居所が悪い」とか
「お腹がすいたので虫抑えに、少し食べておこう」など
という言葉を頻繁に使います。

どうやら日本人の体の中には虫が住みついているのかもしれませんね。



  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 17:33TrackBack(0)今日の出来事

2009年09月17日

荒城の月

先日、フルート奏者で、手当て療法の達人の松原廣始さんと歓談中に、
「仙台の青葉城を舞台とする“荒城の月”は日本の生んだ名曲だ。

いつか青葉城でコンサートをやってみたい」という話になりました。
来年のいつか、実現すればいいなと思っているところです。
歌詞も素晴らしいですね。

そこで「友の会の皆様に歌詞をお伝えしよう。全部は知らないので調べてみよう」と思って、
ネットを開いたところ、松原氏からメールが来ていました。

見ると、「荒城の月」の歌詞が全文紹介されているではありませんか。

シンクロしているのですね!
そして松原氏のこんなメッセージが入っていました。

『一番はよく知られていますが、私は2番以降が好きで、

特に4番を聞くといつも涙が出ます。

何となく秋に歌うのが心に沁みるように思います。』



皆様に転送させていただきましょう。


『荒城の月』


1. 春高楼(こうろう)の花の宴  巡る盃(さかづき)影さして

      千代の松が枝(え)分け出(い)でし  昔の光今いづこ

2. 秋陣営の霜の色  鳴きゆく雁(かり)の数見せて

      植うる剣(つるぎ)に照り沿ひし  昔の光今いづこ

3. 今荒城の夜半(よわ)の月  変わらぬ光誰(た)がためぞ

      垣に残るはただ葛(かずら)  松に歌ふ(うとう)はただ嵐

4. 天上影は変はらねど  栄枯(えいこ)は移る世の姿

      映さんとてか今も尚  ああ荒城の夜半の月


  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 13:38TrackBack(0)今日の出来事

2009年09月16日

けじめをなくした日本人

今朝のことです。
田んぼのあぜ道に真っ赤な彼岸花(曼珠沙華)が咲いていました。

毎年「敬老の日」の前後になると、田んぼの周辺から突如として
真っ赤な花が眼に飛び込んで来ます。

昨日までは咲いていなかったのに、いつも意表をつかれてばかりです。

昨年は、来年こそは花が咲く前に見つけてやろうと思っていたのですが、
気がついてみれば、真っ赤な曼珠沙華の花が咲いているのです。

「今年もダメだったなあ、ところで今日は何日だったかなあ」と思って
「敬老の日」が過ぎていることに気づきました。

ところが今年の「敬老の日」は9月15日ではないのですね。

9月20日から23日まで連休になっていて、
どうやら、その中の一日が「敬老の日」らしいのです。

そういうと、この数年、祝日をずらして、
わざわざ連休にするという取り決めになっているらしく、
何がなんだか分からなくなっていることが多いように思うのです。

9月15日を「敬老の日」としたのなら、
「敬老の日」は9月15日であるべきだと思うのです。

連休にしたほうが何かと便利だからいいではないか、
ということなのだと思うのですが、この制度は、子どもに飴玉をねぶらせて
ご機嫌を取るような、その場しのぎの策のような気がしてなりません。

小さなことのようですが、「けじめをつける」という日本人らしさの本質を
見失わせてしまう制度だと思うのです。

蟻の穴から堤防は決壊すると言われていますが、
そんなことが増えているのではないでしょうか?

  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 17:56TrackBack(0)今日の出来事

2009年09月14日

昨日、横浜で行われていた人間クラブミーティングで、
久しぶりに鹿内哲則さんにお会いしました。

9月1日に健康食品や化粧品を製造販売することを目的として
株式会社遊愛舎を開業されたのでした。

このとき鹿内さんに「遊」の意味についてお聞きし、
「なるほどな」と思ったのでご紹介させていただきます。

「字統」「字訓」「字通」を刊行するなど、漢字の研究で素晴らしい成果をあげられた
漢字研究の泰斗、故立命館大学名誉教授白川静氏によりますと、
「遊」というのは、もと神の出遊をいう字であったのだそうです。

神を奉じてゆくことを言い、神のように自由に行動することをも意味するのだそうです。

遊芸というのは、祭祀儀礼など、もと神事に起源するものであったということです。


今では「遊ぶ」というと、何かレベルの低い戯れのようなイメージがあるようですが、
元来、戯れる意に用いる例はないのだそうです。
「遊ばす」となると尊敬の助動詞だそうです。

その昔、子どもたちを集めて「遊びの学校」をやっていたことを思い出しました。

子どもは遊びを通して成長するものだと思い、自然の中で思い切り遊ぶ体験を積むことこそが、
子どもの未来を切り開いていくに違いないと思ったからです。

鹿内さんは、そんな貴重な「遊」という字を社名につけておられるので、
きっと品格のある素晴らしい会社をお創りになり、成長していかれるのだと思います。

経営とは理念を形にすることだと思っています。

そんな会社が増えるといいですね。

  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 16:05TrackBack(1)今日の出来事

2009年09月12日

続・意識の型

人の体は新陳代謝を繰り返していて、常に古い細胞を新しい細胞に更新しています。

いまではいろんなことが分かってきて、人の体は、一年もすれば、
98%の細胞が消えてなくなり、新しい細胞に入れ替わっているのだそうです。

胃、腸、肝臓などは入れ替わりの速度はもっと早くて、
3ヶ月もすれば古い器官はなくなり、新しい器官に入れ替わっているといわれています。
とするなら、一年も二年も調子がおかしいという慢性病は一体どうなっているのでしょうね。

「他にどこも調子の悪いところはないのだけれど、生まれつき胃腸が弱くてね。」
というのはよく聞く話ではないでしょうか?
どうなっているのでしょうね?

原始の動物は病気にはならない、あるいは病気では死なない、と言われています。

彼らは万物をつくり上げている宇宙とダイレクトにつながっているから、
常に新鮮な細胞が時々刻々、つくられているのだと思われます。

考えてみれば、体の調子のおかしいのは人間だけですね。

最近ペットの体の調子がおかしいということがあるそうですが、
人間が乗り移っているのでしょうね。

プラスティックで出来た化粧品の容器をイメージしてみてください。
この容器を作るためには、金型に液状になったプラスティックの原料を流し込み、
冷やして固めると金型と同じ型をした容器が出来上がります。

もし出来たプラスティックの容器がゆがんでいたとすると、
それは金型がゆがんでいるからということになります。

だから正常な製品を作ろうとすれば、金型を修正する必要がありますね。

人間の体も金型と容器の関係に似ています。

体がゆがんでいるとすると、体をいくらいじりまわしてもどうにもなりません。
金型がゆがんでいるのですから。

金型というのは何なのでしょうか?

容器の場合の金型すなわち“鋳型”にあたるのは、
体の場合、意識の型すなわち“意型”です。

“意型”というのは記憶です。

慢性病は潜在意識の記憶が作り出しているのです。

どうしようもないことは、キレイさっぱり忘れてパーっと明るくいきましょう!!

「元気になれば病気は治る」のです。

  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 09:37TrackBack(0)気づき

2009年09月11日

意識の型

トータルヘルスデザインは「元気の力を暮らしに生かす」を社是としています。

もし病気になったとします。

従来の概念では「病気を治して健康になる」ために病院に通うというのが通例です。

しかし「病気を治して健康になる」という発想で健康になるのなら、
世の中、健康な人だらけ、年々、病院の数は減っていくことになるはずです。

現実は違いますね。

病人は増える一方で、医療費の増大が国家財政を揺るがしているのですから、
考え方が根本的に間違っているということになるのではないでしょうか?

私どもでは「元気になれば病気は治る」という発想のもとに
「元気な暮らし」を提案しています。

とはいっても何が起こるかわからないのが世の常です。
いつ病気になるかわかりません。

運悪く病気になってしまったら、病気のことは体に任せて、
心は元気、元気で行こうではありませんか。

要するに病気のことは忘れてしまい、イキイキわくわく生きればよいという発想です。

人は体と心を与えられています。だから心をうまく使えば何事もうまく行くはずです。

心をうまく使いましょう。

心を使っているのは意識です。意識がちぢこまっていると、
心もそれに従ってちぢこまってきます。

意識を宇宙意識にフォーカスして宇宙いっぱいに広げましょう。
宇宙と共鳴し、元気、元気でいきましょう。

(続く)

  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 09:35TrackBack(1)気づき

2009年09月10日

女の時代

先日、「ホ・オポノポノ」のヒューレン博士とお会いしたとき、博士は

「日本にくると、女の人のうらみがたまっていることをひしひしと感じる」

と悲しそうな表情で話しておられました。

日本という国はいままで、
女の人の犠牲の上に立って出来上がってきたのだろうと
感じたしだいです。

しかしいまや完全に“女の時代”と呼ぶにふさわしい時代になったように思います。

社会全般を見渡してみると、まだまだ女の人に分が悪いことは否めませんが、
女性の能力が求められる社会になっていくことは明らかだといってよいと思います。

それと呼応して、女の人の力がないと成り立たないような社会構造になりつつあるのを
感じざるを得ません。
男はますます肩身が狭くなるのではないでしょうか?

さてこれから男はどうするのだということが問われますね。

日本語には漢字、平がな、カタカナがあってなんだか複雑そうですが、
そのお蔭で微妙なニュアンスを伝えることができます。

その昔、平がなは女の人が使うものというのが常識だったそうですが、
紀貫之がはじめて、平がなで「土佐日記」を書いたことから、
男の人も使うようになったと伝えられています。

とりあえず女の人について行くのが良いのかもしれませんね。  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 09:30TrackBack(0)

2009年09月09日

七福神

今日、9月9日は「七福神の宝船」が飛来する日なのだそうです。
ハッピーな顔をしているとハッピーなことが起こるのでしょうね。

去る6日、ヒューレン博士の「ホ・オポノポノ」セミナーを聴講してきました。

帰りがけに雑踏の中で、ある方から
「このCDを差し上げます」と言って一枚のCDをいただきました。

この親切な方にお名前をお聞きするのを忘れて、別れてしまいました。

見ると、そのCDはナラカズオさん作詞作曲の「幸福ことばうた~with七福神」でした。

早速聞かせていただいたのですが、大変軽快で愉快な、
見る見るついてくるような雰囲気をかもし出す歌でした。

タイミングの良いことに
今日9月9日は「七福神の宝船」が飛来する日です。

ばっちり社員のみんなと聞かせていただいています。
うっかりお名前をお聞きするのを忘れていて申し訳なく思っています。

ブログを借りて御礼申し上げます。

ありがとうございます。

みんなで幸せを分かち合いたいと思います。
  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 10:00TrackBack(0)今日の出来事

2009年09月09日

続々・恐れがなければ人生は素晴らしい

「対策3」生命エネルギーのレベルを上げる

ウイルスさんというのは、自分ひとりでは生きていけません。

誰かほかの生物の細胞に寄生しないと生きていけないヤドカリのような存在です。
生物だか無生物だかよく分からない奇妙な奴なのです。

人間にねぐらを奪われて、仕方なく人間の細胞にたどり着いたウイルスさんです。
原始林で静かに眠っていたように、できれば平穏な暮らしがしたいのだと思います。

ところがウイルスさんが住処にしようとしてやってきた人間のストレスがひどくて
居心地が悪く、どうにもならない、というのが現実の姿なのです。

生命エネルギーに満ちていた原始林と違って、
人間の生命エネルギーの質が低すぎて、いらいらしてくるのだと思われます。

そのようなわけで、人は生命エネルギーのレベルを上げるしかありません。

生命エネルギーのレベルとはエネルギーの量というよりは質に関係しています。
「愛」「感謝」「慈悲」「調和」が奏でる“響き”がカギを握っているように思われます。

人の心が「愛と感謝」に欠けていると、人はウイルスさんを敵と認識することになります。
人の心に敏感なウイルスさんは、だから敵として振る舞うのだと思います。

一方、人の心が「愛と感謝」に満ちていると、ウイルスさんは仲間ということになりますから、
ウイルスさんは仲間として振る舞ってくれる可能性があります。

こちら次第なのです。


「対策4」奇跡は酵素から生まれる

それでもなお、ウイルスさんが暴走してひどい目にあう可能性が残されています。
人間の血液の質が劣化しているとしたらどうでしょう。

せっかく体内に入ってきて、一休みしようとしているウイルスさんにとって、
決して居心地の良い環境とはいえないように思います。

ウイルスさんのRNAが人のDNAを乗っ取る際に逆転写酵素を出すことが知られています。

体、特に血液が劣化してくると、ウイルスさんの酵素が働きやすいのだと思います。

この逆転写酵素に負けない酵素が人の血液中に満ちていると、
ウイルスさんと共存できる体質になっている可能性があります。

金沢市周辺の海辺で、猛毒の「フグの卵巣のヌカ漬け」が作られ、販売されています。フグの毒が毒でなくなり、食べることができるのです。
微生物による発酵のすごさですね。

有害物質に働きかけて、毒性を解除するというびっくりするような触媒機能が
酵素にはあるのです。

日本は発酵王国、しっかり酵素を補充し、元気に生きたいものです。

いま必要なことは、
「いたずらに恐れることなく、元気に生きるために可能性を追求すること」
だと思うのですが、いかがでしょうか?


  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 09:00TrackBack(0)気づき

2009年09月08日

続・恐れがなければ人生は素晴らしい

「対策1」潜在意識の記憶に対して

「ホ・オポノポノ」によりますと、
自分の身に降りかかる出来事はすべて自分がつくりだしたものです。

自分の潜在意識の記憶に対して、

「ごめんなさい」「ありがとう」「許してください」「愛しています」

という言葉をかけ続けることによって、記憶を消していくと、
人は限りなく“無”近づくことができ、新しい現実が現れてくるというのです。

問題はウイルスさんにあるのではなく、わが心にあるのです。
四つの言葉をかけ続けることによって、みじめな現実が消えていくとしたらすごいことですね。

「ホ・オポノポノ」を完全にマスターすると、もう大丈夫という気がします。
いやまだまだという方のために次なる対策を考えてみました。


「対策2」居場所を追われ人間社会に迷い込んだウイルスさんに対して

今の人間社会は恐れや不信感などの反自然行為がつくり出すストレスに満ちています。

ウイルスさんは先に述べましたように、密林などの自然環境の中で、
静かに眠っていたのですが、人間が環境破壊のかぎりを続けるものですから、
いたたまれなくて、人間社会にやってきたのです。

悪いのはウイルスさんではなくて、環境破壊を続けて
ウイルスさんのねぐらを奪った人間だということになります。

だから被害者であるウイルスさんに対して、
人類を代表して「ごめんなさい」「愛しています」「ありがとう」という
言葉をかける必要があると思うのです。

“愛と感謝の心”をもって接すれば、発病なんかするはずがないとも言えるわけです。

直観をとおしてさまざまな叡智を得ておられる画家のはせくらみゆきさん

「いま、こようとしているインフルエンザさん、私はそれを選択しません」

と毅然として言い放つことが大切だと言っておられます。

それでももしかかってしまったら、「戦う」のをやめて、
「感謝する」事が大事だと言っておられます。

参考になるのではないでしょうか?

  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 09:00Comments(0)TrackBack(0)気づき

2009年09月07日

恐れがなければ人生は素晴らしい

中学から高校にかけて、映画が好きで、片っ端から見ていた頃がありました。
特に印象に残っているのが、
チャップリンの「ライムライト」。

老いた道化師を演じるチャップリンが、緊張のあまり脚が動かなくなった
クレア・ブルーム演ずるバレリーナを励ますシーンで

「恐れがなければ人生は素晴らしい」

と語りかけます。

若いときに名作を見ておくのもいいものだとつくづく思える名画でした。


さて秋ごろに猛威をふるうのではないかと予測されていた
新型インフルエンザが、猛暑の8月に、よもやの感染拡大。
完全に意表をつかれましたね。

かつてヨーロッパでは、ペストが猛威をふるって3分の2の人が
死亡したことがあったと伝えられています。

新型インフルエンザも強毒性のH5N1型に変異すると、
同じことが起こるといわれています。

しかし極悪な状況下においても3分の1の人は助かっているのですから、
予防もさることながら、インフルエンザに“かからない方法”を編み出すことが
王道ではないでしょうか?

ウイルスさんが暴走するのは、ウイルスさんをとりまく環境が
ウイルスさんにとって心地が悪く、ストレスになっているためと考えられます。

そんな状況の中で、ウイルスさんにどのように対処するかについては、
うがい、マスク、手洗いで予防することしか浮かび上がってこないようです。

予防というのは“恐れ”から出発しています。

“恐れ”をはじめとするストレスこそがウイルスさんが暴走する温床になり、
発病の原因となっているのですから、根源から考え、感染しないための
可能性を追求したいものです。


大前提:宇宙意識と一体化

「人間もウイルスさんも同じ宇宙の申し子なのだから、本来、敵対関係にない。仲間なのだ」

と“100%本音”で思えたとしたら、人はウイルスさんと共存できるように思えます。
インフルエンザにかかって、苦しむこともないのだと思うのです。

ウイルスさんを仲間と思って接するか、敵と思って身構えるかが
分かれ道になると思われます。

もともとウイルスさんは原始林の中でゆったりと眠りこけていたのですが、
人間がやってきて環境を目茶苦茶にするものですから、ねぐらがなくなり、
仕方なく人間社会にやってきたと思える節があります。

ウイルスさんを敵と認識し
「もしかしてウイルスにやられるのではないか」と思っていると、
ウイルスさんを敵に回すことになり、感染の確率が高まることになります。

ウイルスさんを敵と認識すれば敵に、仲間と認識すれば仲間になる
―――”ウイルスさんの行動を決めているのは人の思い”

という認識に立つ必要があるように思います。

常識にこだわらず、根源に立ち返って、
ウイルスさんと仲良く暮らすための可能性を追求することにより、
対策を立てたいと思うのです。

21世紀は自己責任の時代。

自らの心に種火をともすことから出発したいものです。



  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 10:08TrackBack(4)気づき

2009年09月03日

田舎暮らし

船井ドットコムに毎月一回エッセイを掲載させていただいていて、
当社のブログをサボっているうちに、書く事すらすっかり忘れていました。

一昨日の夜(二百十日、お月様は十三夜)当社の女性社員3人と夕食会をした折に、
野上さんから「短くても良いから、ブログを書くように」と命令されたので、
“ゼロの風景”と題して、また書かせていただくことにしました。

どうぞよろしくお願いいたします。


この日、京都・寺町を本社としてユニークな洋服店を経営しておられる
(株)ヒューマンフォーラム代表の出路雅昭さんとお会いしました。

そして京都市の美山町を中心に展開しておられる農場を見学させていただきました。

美山町は京都市右京区にある町なのですが、福井県とのほぼ県境に位置していて、
「かやぶきの里」で有名な人里離れた田舎なのです。

都会の人間が田舎に住んで、田舎の人々と親しくお付き合いをしていくのは大変なことなのですが、
わずか3年で、すっかり溶け込んで農業を展開しておられるのにはびっくりしました。

出路さんは、不良性と社会性のバランスの取れた、
ゼロのエネルギーをお持ちの大変素晴らしい方とお見受けしました。

私たちも農業に少し頸を突っ込んでいますので、
これからも親しくお付き合いさせていただき、
ポスト資本主義社会の核になるネットワークを創っていきたいと思っています。

出路さんは、スピリチュアルなことについて造詣が深く、
しかも大変エネルギッシュな方なので今後のお付き合いを楽しみにしています。



帰社してから、夕食をともにした女性社員三人のうち、
ふたりは新婚さんです。
話を聞いているうちに、彼女たちも自分とは毛色の違う亭主を選択して、
人生を共にしているのに気づきました。

これからの人生、多少の苦労は付き物かもしれませんが、
二人の間には、プラス・マイナス「ゼロ」のビッグバンが生まれ、
新しい時代にふさわしい何かを生み出してくれるのではないかと感じたひと時でした。

  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 10:31TrackBack(0)今日の出来事

2008年10月23日

チャレンジPPK

地球温暖化や天変地異が現実の姿となって現れ、人類の生存が危ぶまれていますが、
その根底には人口爆発があるようです。考えてみれば人間は変な動物です。

生物が生存する目的のひとつは、生命を次世代に引き継ぐということだと思います。

大概の生物は、次世代を生み出す生殖活動が終了すれば個体の命は無くなるように
なっているようです。

「人生50年」という言葉がありますように、人間の寿命はつい最近までは50歳くらいでした。

40歳くらいで次世代を生み出す生殖年齢を終了し、その後10年くらいで「あの世」に旅たつ
ということですから、自然界の生物としてごく自然な存在であったわけです。

ところがある頃から「人の命は地球より重い」という掛け声のもとに、延命技術が発達したため、
平均寿命が延び続け、文字通り地球の重荷になってしまいました。

こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、
このままいくと年寄りは単なる穀つぶしでしかなくなります。


人類に「死は悪である」という観念がある以上、人口が減ることはありえないということになります。

どのようにして生を閉じるのかがいまほど重要な課題としてクローズアップされたことは
かつてなかったのではないでしょうか?


この課題をクリアーするためには、ピンピンと天寿を全うし、コロリと逝くことのできる
長寿社会にすることを出発点とする必要があると思います。

そこで私たちは「チャレンジPPK」という倶楽部をつくり、
人類のかかえる問題を解決していきたいと思っています。

そのために解決するべき大切なテーマが二つあります。

人生のゴールを台無しにしている諸悪の根源は「死への恐怖」であると思います。

ゴールが恐ろしくって眼を開いてみていられないとしたら、
その人生は価値のないものになってしまいます。

私たちは現代社会にはびこる「死を忌むべきこと」とする固定観念から抜け出して
「死を祝福とする」認識をもつ必要があると思います。

「チャレンジPPK」の活動を通して、この世のこと、あの世のことについて最先端の知識を学び、
智恵を身につけたいと思っています。

あの世からお迎えが来たとき、イキイキと輝いて逝きたいものです。
「人は生きたようにしか死なない」と言われています。

そこで「世のため、人のため、そして地球のため」をテーマとした21世紀型社会事業を展開します。

会員は、人生の終盤、その事業に参画することにより、死ぬ瞬間までイノチの炎を燃やし続けます。

いかがでしょうか?

こんな活動を始めてもう一年ほど経過します。

人生楽しくいきたいものですね。  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 18:59TrackBack(5)チャレンジPPK