2009年09月30日

クマったことだ

シルバーウイークという言葉を、先日はじめて耳にしました。
そんな聞いたこともないような連休を利用して、
ひるがの高原・ホープファームに社員旅行に行ってきました。

その後出張が続いたり、なんだかんだとばたばたしているうちに、
ブログを書くことをすっかり忘れていました。

これからまた一念発起して書くことに致します。


今年は9月20日から26日までがお彼岸でした。

チャレンジPPKの杉浦和尚にお聞きしたところ、
お彼岸というのは「到彼岸」の略だそうです。

三途の川をはさんで、こっち側が此岸(しがん)、向こう岸が彼岸です。

此岸というのは私たち欲の深い人間が住んでいる煩悩の渦巻く世界で、
三途の川を渡るとそこが彼岸。
涅槃すなわち極楽です。

どろどろとしたこっち側の岸に住んでいると、
向こう岸が光り輝く天国だということは考えられないのではないでしょうか?

だから地獄のような世界から抜け出し難いのですね。

お彼岸という行事は、仏様の住んでおられる極楽浄土を衆生に示し、
みんなを往生に導こうとする仏事で、日本では紀元800年ごろから
続いている由緒ある行事です。

要するに、人は本来、光り輝く美しい存在なのですよということを
教えていただき、身を引き締める貴重な行事なのです。


お彼岸を前にした9月19日、高山市の乗鞍スカイラインの駐車場で、
観光客など男女9人が山から降りてきたツキノワグマに次々襲われるという
痛ましい事件が発生したと報道されているのを知りました。

高山市というのは、ひるがの高原から眼と鼻の先なので、何か因縁を感じたしだいです。

専門家によると、クマは大変臆病な動物で、身に危険を感じないかぎり
自分から人を襲うというのはありえない動物なのでそうです。

しかしこの事件は、恨みなど何らかの意図をもって
クマが人間を襲ったとしか考えられない事件でした。

「誰でもいいから襲いたかった」と犯人がもらしたと伝えられる
秋葉原の無差別殺人事件と酷似しているのではないでしょうか?

よりによってタイミングもお彼岸直前です。

クマの天命の範疇を超えた事件でした。

これからやってくる社会は、
従来とは全く違う原理で動いていくことを予感させられた、
いわば宇宙的な事件でした。


  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 08:00TrackBack(1)気づき

2009年09月12日

続・意識の型

人の体は新陳代謝を繰り返していて、常に古い細胞を新しい細胞に更新しています。

いまではいろんなことが分かってきて、人の体は、一年もすれば、
98%の細胞が消えてなくなり、新しい細胞に入れ替わっているのだそうです。

胃、腸、肝臓などは入れ替わりの速度はもっと早くて、
3ヶ月もすれば古い器官はなくなり、新しい器官に入れ替わっているといわれています。
とするなら、一年も二年も調子がおかしいという慢性病は一体どうなっているのでしょうね。

「他にどこも調子の悪いところはないのだけれど、生まれつき胃腸が弱くてね。」
というのはよく聞く話ではないでしょうか?
どうなっているのでしょうね?

原始の動物は病気にはならない、あるいは病気では死なない、と言われています。

彼らは万物をつくり上げている宇宙とダイレクトにつながっているから、
常に新鮮な細胞が時々刻々、つくられているのだと思われます。

考えてみれば、体の調子のおかしいのは人間だけですね。

最近ペットの体の調子がおかしいということがあるそうですが、
人間が乗り移っているのでしょうね。

プラスティックで出来た化粧品の容器をイメージしてみてください。
この容器を作るためには、金型に液状になったプラスティックの原料を流し込み、
冷やして固めると金型と同じ型をした容器が出来上がります。

もし出来たプラスティックの容器がゆがんでいたとすると、
それは金型がゆがんでいるからということになります。

だから正常な製品を作ろうとすれば、金型を修正する必要がありますね。

人間の体も金型と容器の関係に似ています。

体がゆがんでいるとすると、体をいくらいじりまわしてもどうにもなりません。
金型がゆがんでいるのですから。

金型というのは何なのでしょうか?

容器の場合の金型すなわち“鋳型”にあたるのは、
体の場合、意識の型すなわち“意型”です。

“意型”というのは記憶です。

慢性病は潜在意識の記憶が作り出しているのです。

どうしようもないことは、キレイさっぱり忘れてパーっと明るくいきましょう!!

「元気になれば病気は治る」のです。

  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 09:37TrackBack(0)気づき

2009年09月11日

意識の型

トータルヘルスデザインは「元気の力を暮らしに生かす」を社是としています。

もし病気になったとします。

従来の概念では「病気を治して健康になる」ために病院に通うというのが通例です。

しかし「病気を治して健康になる」という発想で健康になるのなら、
世の中、健康な人だらけ、年々、病院の数は減っていくことになるはずです。

現実は違いますね。

病人は増える一方で、医療費の増大が国家財政を揺るがしているのですから、
考え方が根本的に間違っているということになるのではないでしょうか?

私どもでは「元気になれば病気は治る」という発想のもとに
「元気な暮らし」を提案しています。

とはいっても何が起こるかわからないのが世の常です。
いつ病気になるかわかりません。

運悪く病気になってしまったら、病気のことは体に任せて、
心は元気、元気で行こうではありませんか。

要するに病気のことは忘れてしまい、イキイキわくわく生きればよいという発想です。

人は体と心を与えられています。だから心をうまく使えば何事もうまく行くはずです。

心をうまく使いましょう。

心を使っているのは意識です。意識がちぢこまっていると、
心もそれに従ってちぢこまってきます。

意識を宇宙意識にフォーカスして宇宙いっぱいに広げましょう。
宇宙と共鳴し、元気、元気でいきましょう。

(続く)

  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 09:35TrackBack(1)気づき

2009年09月09日

続々・恐れがなければ人生は素晴らしい

「対策3」生命エネルギーのレベルを上げる

ウイルスさんというのは、自分ひとりでは生きていけません。

誰かほかの生物の細胞に寄生しないと生きていけないヤドカリのような存在です。
生物だか無生物だかよく分からない奇妙な奴なのです。

人間にねぐらを奪われて、仕方なく人間の細胞にたどり着いたウイルスさんです。
原始林で静かに眠っていたように、できれば平穏な暮らしがしたいのだと思います。

ところがウイルスさんが住処にしようとしてやってきた人間のストレスがひどくて
居心地が悪く、どうにもならない、というのが現実の姿なのです。

生命エネルギーに満ちていた原始林と違って、
人間の生命エネルギーの質が低すぎて、いらいらしてくるのだと思われます。

そのようなわけで、人は生命エネルギーのレベルを上げるしかありません。

生命エネルギーのレベルとはエネルギーの量というよりは質に関係しています。
「愛」「感謝」「慈悲」「調和」が奏でる“響き”がカギを握っているように思われます。

人の心が「愛と感謝」に欠けていると、人はウイルスさんを敵と認識することになります。
人の心に敏感なウイルスさんは、だから敵として振る舞うのだと思います。

一方、人の心が「愛と感謝」に満ちていると、ウイルスさんは仲間ということになりますから、
ウイルスさんは仲間として振る舞ってくれる可能性があります。

こちら次第なのです。


「対策4」奇跡は酵素から生まれる

それでもなお、ウイルスさんが暴走してひどい目にあう可能性が残されています。
人間の血液の質が劣化しているとしたらどうでしょう。

せっかく体内に入ってきて、一休みしようとしているウイルスさんにとって、
決して居心地の良い環境とはいえないように思います。

ウイルスさんのRNAが人のDNAを乗っ取る際に逆転写酵素を出すことが知られています。

体、特に血液が劣化してくると、ウイルスさんの酵素が働きやすいのだと思います。

この逆転写酵素に負けない酵素が人の血液中に満ちていると、
ウイルスさんと共存できる体質になっている可能性があります。

金沢市周辺の海辺で、猛毒の「フグの卵巣のヌカ漬け」が作られ、販売されています。フグの毒が毒でなくなり、食べることができるのです。
微生物による発酵のすごさですね。

有害物質に働きかけて、毒性を解除するというびっくりするような触媒機能が
酵素にはあるのです。

日本は発酵王国、しっかり酵素を補充し、元気に生きたいものです。

いま必要なことは、
「いたずらに恐れることなく、元気に生きるために可能性を追求すること」
だと思うのですが、いかがでしょうか?


  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 09:00TrackBack(0)気づき

2009年09月08日

続・恐れがなければ人生は素晴らしい

「対策1」潜在意識の記憶に対して

「ホ・オポノポノ」によりますと、
自分の身に降りかかる出来事はすべて自分がつくりだしたものです。

自分の潜在意識の記憶に対して、

「ごめんなさい」「ありがとう」「許してください」「愛しています」

という言葉をかけ続けることによって、記憶を消していくと、
人は限りなく“無”近づくことができ、新しい現実が現れてくるというのです。

問題はウイルスさんにあるのではなく、わが心にあるのです。
四つの言葉をかけ続けることによって、みじめな現実が消えていくとしたらすごいことですね。

「ホ・オポノポノ」を完全にマスターすると、もう大丈夫という気がします。
いやまだまだという方のために次なる対策を考えてみました。


「対策2」居場所を追われ人間社会に迷い込んだウイルスさんに対して

今の人間社会は恐れや不信感などの反自然行為がつくり出すストレスに満ちています。

ウイルスさんは先に述べましたように、密林などの自然環境の中で、
静かに眠っていたのですが、人間が環境破壊のかぎりを続けるものですから、
いたたまれなくて、人間社会にやってきたのです。

悪いのはウイルスさんではなくて、環境破壊を続けて
ウイルスさんのねぐらを奪った人間だということになります。

だから被害者であるウイルスさんに対して、
人類を代表して「ごめんなさい」「愛しています」「ありがとう」という
言葉をかける必要があると思うのです。

“愛と感謝の心”をもって接すれば、発病なんかするはずがないとも言えるわけです。

直観をとおしてさまざまな叡智を得ておられる画家のはせくらみゆきさん

「いま、こようとしているインフルエンザさん、私はそれを選択しません」

と毅然として言い放つことが大切だと言っておられます。

それでももしかかってしまったら、「戦う」のをやめて、
「感謝する」事が大事だと言っておられます。

参考になるのではないでしょうか?

  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 09:00Comments(0)TrackBack(0)気づき

2009年09月07日

恐れがなければ人生は素晴らしい

中学から高校にかけて、映画が好きで、片っ端から見ていた頃がありました。
特に印象に残っているのが、
チャップリンの「ライムライト」。

老いた道化師を演じるチャップリンが、緊張のあまり脚が動かなくなった
クレア・ブルーム演ずるバレリーナを励ますシーンで

「恐れがなければ人生は素晴らしい」

と語りかけます。

若いときに名作を見ておくのもいいものだとつくづく思える名画でした。


さて秋ごろに猛威をふるうのではないかと予測されていた
新型インフルエンザが、猛暑の8月に、よもやの感染拡大。
完全に意表をつかれましたね。

かつてヨーロッパでは、ペストが猛威をふるって3分の2の人が
死亡したことがあったと伝えられています。

新型インフルエンザも強毒性のH5N1型に変異すると、
同じことが起こるといわれています。

しかし極悪な状況下においても3分の1の人は助かっているのですから、
予防もさることながら、インフルエンザに“かからない方法”を編み出すことが
王道ではないでしょうか?

ウイルスさんが暴走するのは、ウイルスさんをとりまく環境が
ウイルスさんにとって心地が悪く、ストレスになっているためと考えられます。

そんな状況の中で、ウイルスさんにどのように対処するかについては、
うがい、マスク、手洗いで予防することしか浮かび上がってこないようです。

予防というのは“恐れ”から出発しています。

“恐れ”をはじめとするストレスこそがウイルスさんが暴走する温床になり、
発病の原因となっているのですから、根源から考え、感染しないための
可能性を追求したいものです。


大前提:宇宙意識と一体化

「人間もウイルスさんも同じ宇宙の申し子なのだから、本来、敵対関係にない。仲間なのだ」

と“100%本音”で思えたとしたら、人はウイルスさんと共存できるように思えます。
インフルエンザにかかって、苦しむこともないのだと思うのです。

ウイルスさんを仲間と思って接するか、敵と思って身構えるかが
分かれ道になると思われます。

もともとウイルスさんは原始林の中でゆったりと眠りこけていたのですが、
人間がやってきて環境を目茶苦茶にするものですから、ねぐらがなくなり、
仕方なく人間社会にやってきたと思える節があります。

ウイルスさんを敵と認識し
「もしかしてウイルスにやられるのではないか」と思っていると、
ウイルスさんを敵に回すことになり、感染の確率が高まることになります。

ウイルスさんを敵と認識すれば敵に、仲間と認識すれば仲間になる
―――”ウイルスさんの行動を決めているのは人の思い”

という認識に立つ必要があるように思います。

常識にこだわらず、根源に立ち返って、
ウイルスさんと仲良く暮らすための可能性を追求することにより、
対策を立てたいと思うのです。

21世紀は自己責任の時代。

自らの心に種火をともすことから出発したいものです。



  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 10:08TrackBack(4)気づき

2008年09月08日

元気になれば病気は治る

1990年にトータルヘルスデザインを創業してから18年がたちました。

何故こんな仕事を始めたかといいますと、

「健康に生きる」というテーマで世の中を見たとき、
「世の中病人だらけ」―――これは少しおかしいのではないか
と、

常々思っていたことから始まっています。


人は現代の科学・技術、医学・医術は進化し続けていると、
何故か盲目的に信じていることが、社会を住み心地の悪いものに
しているのではないかということにあるとき気づきました。

現代科学は要素還元主義によって発展してきたといってよいと思います。

現代医学もその範疇にあると思います。

イヤになるくらい細分化が進んでいて、全体を見通す眼が
もてなくなってしまっているのではないかと、かねがね感じていました。

人がこのことを進歩だと信じていることが事態を悪くしている、
こんなことでは世の中どうしようもないほうに
進んでいかざるを得ないと思っていました。

人は生きている以上、元気いっぱい、バリバリ働けることもあれば、
体の調子が悪くなることもあります。

問題は体調を崩したとき、どういう態度をとるかが非常に大切なことだと思っています。

体調を崩したとき、病院に行くという道と行かないという道があります。

大変大雑把ですが、この二つの道について考えて見たいと思います。


1.病院に行くという選択肢

この場合も、その人の心の態度によって大きく二つに分かれます。

一つは、病気はお医者さんが治してくれるものだと信じて疑わない人、

そしてもうひとつは、病気を治す力は自分の中にあるのはわかっているが、
この場合はお医者さんに見てもらったほうがよいと考えている人です。


2.病院に行かないという選択肢

この場合も二つに分かれます。

第一のケースは病院なんかには絶対いかない、
自分の中の生命力が病気を治すのだと決めている人。

そして第二のケースはこの程度のことなら病院にいかなくても、
自然に治っていくという見通しを立てている人。



あなたはどの道をお取りになりますか?

50年程前には地域社会には病院は存在しないといってよいほどの社会環境でした。

ところがいまや、病院だらけです。
ちょっとしたことでも救急車が運んでくれるという至れり尽くせり状態です。

にもかかわらず「病院が増えれば増えるほど、病人が増えていく」というのが現実の姿です。

一体どうなっているのでしょうね。

  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 17:03TrackBack(1)気づき

2008年08月02日

百人一首



いまから思い返してみると、私たちの子ども時代、
昭和20年から30年代にかけては、大変貧しい時代であったことが
ありありと浮かんできます。

しかし人々の活力は、並大抵のものではなかったと思います。

良い意味においても悪い意味においても、その活力が現在を生んだのだと思います。

当時遊びといえば、たこ揚げ、こま回し、泥棒ごっこ、百人一首、花札など
実に素朴なものばかりでしたが、いまではほとんど残っていないのではないでしょうか?

なかでも、このまま消えてしまうのはいかにも惜しいと思うのが、百人一首です。

百人一首は、鎌倉時代初期に藤原定家が、有名な歌人100人をまず選び、
それぞれの人の秀歌を一首ずつ選んでつくり上げた歌集です。

だから百人一首なのですね。

飛鳥時代から平安時代を経て鎌倉時代に至るまでの名歌が集められていて、
日本を象徴する文化が遊びとして庶民の中に定着したものだといってよいと思います。

藤原定家が京都・嵐山の小倉山荘で選んだので
「小倉山荘色紙歌集」「小倉百人一首」と呼ばれ、今日に至っています。




子どもの頃は、香り高い日本の文化を象徴するものという意識もなく、
みんな必死になって「カルタ取り」に熱中したものでした。

カルタ取りという遊びを通して、子どもたちが知らず知らずのうちに、
日本伝来の文化に触れることができたということは、
素晴らしい先人の智恵であったといまさらながら感心してしまいます。

現代の子供達は西欧文化の上澄みだけを取りだした
薄っぺらい風俗にさらされているわけで、日本の文化をこのまま
すたれさせてはならないと思うのです。

最近、そのような風潮を憂いて、佐藤天彦さんが

「歌と絵でつづる“超早おぼえ”百人一首」
(天紋館 tel:06-6266-1701 fax:06-6271-9031)




を出版されました。

素晴らしい内容なので、よければご一読をおすすめいたします。

氏は現状を憂い、全国の小学校に「百人一首」を広めるのだと意気込んでおられます。



香り高い日本文化「百人一首」から派生した「カルタとり」という遊びに、
直感力や瞬発力を高めることができる日本伝来の高度な智恵が込められていることは
あまり知られていません。

そのことについてご紹介させていただくことにいたします。

和歌は口調のよい5・7調の音律をもった31文字の定型の短歌ですが、
「かるた」では5・7・5・7・7のうち、5・7・5を「上の句」、7・7を「下の句」とよんでいます。

たとえば天智天皇の

「秋の田の 

かりほの庵(いほ)の とまをあらみ 

わがころもでは 露にぬれつつ」




という歌がありますが、
「秋の田の かりほの庵の とまをあらみ」が上の句になり、
「わがころもでは 露にぬれつつ」が下の句になります。

読み手はこの歌を「上の句」から読んでいくのですが、取るほうの札には「下の句」だけ、
すなわち「わがころもでは 露にぬれつつ」としか書いてありません。

早い人になると読み手が「秋の」と読んだとたんに体が反応して、
「下の句」だけを書いた札を取ってしまいます。

とにかくこの調子で100枚すべての札を覚えていくわけです。



お正月になると子供達はカルタ取りに熱中するのですが、
一般的には「源平」といってお互いが二組に分かれて対戦します。

それぞれの組は50枚ずつを、適当に並べて、まずどこにどの札があるかをおぼえます。
読み手が「上の句」を読み出すと、いっせいに目を血走らせながら、
必死になって「下の句」を取るのです。

百人一首はのんびりした優雅な、お嬢さんの遊びのような印象があるかもしれませんが、
なかなかどうして、瞬発力を競う激しい競技でもあります。

全国チャンピオンを競い合う「競技カルタ」ともなると、
「畳の上の格闘技」という異名もあるように、けっこう厳しいものです。




だんだん腕が上がってくると家庭でも「競技カルタ」のやり方にならって、
腕を競うようになります。




以下そのやり方をご紹介いたします。


もちろん1対1の勝負です。
100枚の札のうち50枚を捨て、残りの50枚を半分にして、それぞれ25枚が持ち札になります。

15分間の時間が与えられますので、その間にすべての札をおぼえてしまうわけです。

当然のことながら捨てられた50枚の札のことも頭にしっかり覚えこませるわけです。
というより勝手に覚えてしまいます。

問題はこれからです。

早く取った者勝ちですから、読み手が読んでいるとき、
どこで反応し、どこで取るかが勝負の分かれ目になります。

たとえば「上の句」が「む、す、め、ふ、さ、ほ、せ」で始まる歌は一枚しかありませんから、
最初の一字を聞いただけでさっととることができるのです。

たとえば

「ほととぎす 

鳴きつる方を ながむれば 

ただ有明の 月ぞ残れる」


という歌が詠まれた場合、読み手が「ほ」と発音したその刹那、
この札を取ることができるのです。

ところが「あ」の札は16枚もありますから、最初の一字で取ることはできません。

先ほどの「秋の田の」の場合ですが、「あき」のつく札がもう一枚あります。

「秋風に・・・・・」という札がそれです。

だから3文字目の「秋の」が発声されたときすかさず、
この札を取ることができるというわけです。

このようなことが100枚すべてにあって、そのすべてを覚えておき、
必要なときに必要な反応ができて初めて、全日本戦に出場できる可能性が出てくるのです。



大人になってこんな技を習得するのは不可能だといってよいと思います。

ところが子どもの頃からお正月などで、皆カンカンになってやっていると
けっこう楽しみながらマスターできるのだから不思議です。

何から何まで全部覚えてしまう記憶力、その場その場で、必要なときに
瞬間的に反応する瞬発力、読み手の雰囲気で次の札を読み取る直感力などを
養うことができる、遊びから入り熟達し、名人の域に達することのできる
日本古来より伝わる素晴らしい競技なのです。

下手は下手なりに、和歌のもつ情緒を楽しむことができますし、
こんな素晴らしい遊びが日本から消えていくのは残念なことだと、
最近になってつくづく思うようになりました。

佐藤天彦さんのように、これを次世代に引き継ぐということをライフワークにされる方が
おられれば素晴らしいのですが・・・。


  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 11:18TrackBack(2)気づき

2008年07月04日

2012年問題

何度かお伝えしていますが、いま中村久子さんの人生をテーマとしたDVDを制作中です。

キャッスルロック・プランニングの斉藤満雄さんにご尽力いただいて、
素晴らしい作品ができつつあります。

全国の小中学生に観賞してもらい、輝かしい未来づくりの一助になればと思っています。


中村久子さんの人生に接していると、久子さんが帰依した親鸞聖人のことが気になります。

そんな時、「希望の星」ブログを執筆していただいているヨーガの達人・松原廣始さんから
「親鸞の告白」(梅原猛 小学館文庫)を読んで感激したという話を聞き、
早速取り寄せて読んでみました。

親鸞聖人については
「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」
という有名な言葉を知っている程度で、深いことについては何も知らなかったので、
この本にはずい分考えさせられました。

それと前後して、船井幸雄先生からお聞きした
「楽園実現か 転変地異か」(坂本政道 アメーバブックス新社)という本が
気になったので読んでみました。




坂本政道さんはモンロー研究所でのヘミシング体験を普及するために
(株)アクアビジョン・アカデミーを設立され、「死後体験」シリーズなどの著書を
発表されている人です。

坂本政道さんはこの本で

「いま、生命エネルギーが銀河系のコアから地球生命系に流れ込んでいて、

2012年には入ってくる量がピークを迎えることになる。

そのことによって人間意識の変化が起こるし、地球生命系自身も変化していくだろう。

そして人間は地球生命系から卒業していくのであるが、その過程でさまざまなことが起こる」


と述べておられます。

いま起こっているさまざまな激変もそうした出来事の一環なのかもしれませんね。

親鸞聖人は

この世で起こることはこの世に任せて、

ただひたすら念仏を唱えることが大切である。

あとは阿弥陀如来にお任せすれば

極楽浄土へ導いていただけるのだ


と説いておられます。

坂本政道さんの本を読んで、いま起こりつつある宇宙スケールの大変化も、
宇宙の意思が人間を極楽浄土へ導いてくださっていると理解することが
できるのではないかと感じたしだいです。


ところでいま、銀河系のコアから降りそそいでいる生命エネルギーは
物質のエネルギーではなく、生命を生命たらしめている非物質のエネルギーということです。

ロバート・モンローは「スーパーラブ、無条件の愛」と言っているそうです。

日本人の感覚からいうと慈悲心、菩提心という表現が適切なのかもしれません。

さてこれから何が起こるのでしょうか?  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 10:35TrackBack(1)気づき

2008年07月02日

中村久子さん

いま中村久子さんの数奇な運命をテーマとしたDVDを制作中です。

久子さんは明治30年、岐阜県高山町の畳屋さんの娘として生を受けました。




幼い頃、脱疽という手足が腐ってくるという大変な病気になりました。

手足を切断するという決断を迫られていたのですが、あるとき、
久子さんの手がポロリと落ちてコタツのそばに転がっているのを見て、
お母さんが気を失ってしまうという事件がおきました。


両手両足を切断した久子さんのそれからの人生は、
五体満足な私たちの人生から見ると、それは、それは悲惨なものでした。

娘盛りの19歳のとき見世物小屋に身売りして、両手両足がないにもかかわらず、
針仕事から掃除・洗濯に至るまで何でも一人でやって見せるという芸を
売り物にして生活をしていたのです。


そんな久子さんにもあるとき転機がやってきます。

三重苦の聖女として有名なヘレン・ケラー女史が来日し、
彼女に抱きしめられたことがきっかけで講演活動を始め、
障害者が社会で安心して生きることができるよう全力を尽くし、
昭和43年、72歳で人生の幕を閉じたのでした。


久子さんは多くの歌を残しています。



    手足なき 身にしあれども 生かさるる

          いまのいのちは たふとかりけり

    極楽を ねがうこころは 更になし

          ただうれしきは 弥陀の名号

    もえさかる この煩悩を いかにせむ

          ただみ仏の み手のまにまに






久子さんは、親鸞聖人の教えをしっかり腹の底にきかせていただき、
仏道を歩ませていただきたいと述べておられます。


親鸞聖人のことについては、歎異抄の有名な一節

「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」

という言葉を通してしか理解していなかったので、
久子さんが親鸞聖人に帰依されていると聞いても
もうひとつ、ピンと来なかったのですが、これを機会に
梅原猛さんの「親鸞の告白」(小学館文庫)を読んでみました。

現代人は「南無阿弥陀仏」と唱えているだけで、
自動的に「極楽浄土」に行くことができるという
法然さんから親鸞さんへと伝わる思想にはとてもではないが、
なじまないのではないでしょうか?

この本を読んでみて、親鸞さんの思想はもっともっと深いものだと気づかされました。

親鸞さんの弟子・唯円さんが

「念仏で極楽へいけるのなら、早く死にたくなるはずなのに、
死にたい気持ちがいっこうに起こらないのは何故でしょう」

と尋ねています。

それに対して親鸞さんは


「私も同じことを考えていたが、早く死にたいという気持ちにならないのは
煩悩が強いからで、そう思うと私はますます往生確実だ」


と述べているのを知り、大変びっくりしました。


「この世のことはすべて過去生が原因となって起こっているのだから、
現世をあるがままに受け容れるしかない、それを自力で修正するというのは間違いだ。

この煩悩のある人間を極楽浄土へ連れて行ってくれるのが阿弥陀さんなのだ。
楽しくないからこそ自分たちが浄土へ行くことができるのだ」


というのが親鸞さんの基本的なスタンスなのです。


あるとき親鸞さんは唯円さんに

「私の言うことを何でも聞けるか」と尋ねます。

「はい。何でも言うことを聞きます」と唯円さん。

親鸞さんは

「それではこれから、人を千人殺してきなさい」というので

びっくりした唯円さんは
「いや、私には千人はおろか一人の人も殺すことはできません」
と答えます。

これからが真骨頂です。

親鸞さんは

「人間が心にまかせて善でも悪でもできるなら、往生のために千人殺せと
私が言ったのだから、お前はできるはずである。
しかしお前が一人でも殺すことができないのは、お前の中に殺すべき因縁が
備わっていないからである。自分の心がよくて殺さないと言うわけではない。
殺すまいと思っていても殺してしまう場合もあるだろう」

と言うのです。



あらゆる罪は、暗い前世からの業のつくりだしたもの、
だからすべての善悪を業にまかせて、ひたすら念仏を唱えるというのが、
親鸞さんの教えなのです。


中村久子さんは、ご自身の宿業を自覚し、次のように述べておられます。


「私を救ってくれたものは、手足のない私の体であった。

逆境こそ私の善智識であった。本当の善智識は先生たちではなく、

それは私の体、手足のないことが善智識だったのです。

悩みを、苦しみを、悲しみを、宿業を通してお念仏させて、

喜びに変えさせていただくことが、

先生たちを通して聞かせていただいた正法。

親鸞様の教えのたまものと思わせていただきます。」





念仏を唱えていれば極楽浄土に行くことができるという思想は、
近代科学の洗礼を受けた現代人には、とても受け容れられない様に見えます。




絶対的な「信」をどこに置くのか―――

私たちの大きなテーマではないでしょうか?  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 17:28TrackBack(1)気づき

2008年06月09日

ミツバチが消える

もう一年位前のことだと思うのですが、新聞紙上に

「アメリカである日突然、ミツバチがいなくなるという不思議な出来事が多発している」

と報道されていました。




なんだか不吉な予感がしたのですが、その後、そのことは忘れていました。


最近、『悪魔の新・農薬「ネオニコチノイド」』(船瀬俊介 三五館)が出版され、
ミツバチが消える実態が詳細に報告されているのを見て、がく然としました。

この本によりますと、2006年にはわずか半年で、アメリカ全土のミツバチの
四分の一が消滅したというのです。

犯人は“ネオニコチノイド”という新農薬だと指摘されています。

そしていま地球全土に拡大しているのだそうです。

ネオニコチノイドはフランスで禁止になっている農薬なのですが、
日本では南のほうから使い始めているといわれています。

しかもこの農薬、一回散布すると、半径4kmにわたって被害が及ぶとされています。

皮肉なことに、この農薬は人体に害が少なく、しかも効果があるという
うたい文句に乗って、従来の有機リン系の農薬に代わる「減農薬」の触れ込みで、
全国に広がっています。

ミツバチだけでなく、人の神経系にも影響が及ぶのではないかと懸念されています。
単なる有害性だけではなく、食糧危機にもかかわっています。

アメリカ農務省の科学者ジェフェリー・ぺティスは

「人類の食糧の三分の一は植物に依存している。
そして、ミツバチたちは、これら植物の80%の授粉にかかわっている」


と警告しているそうですが、食糧危機は思いがけないところから進んでいるのです。
興味のある方は一読をおすすめします。

それでなくとも、食料大調達難時代を迎えています。

アメリカはトウモロコシをエタノール生産用資源として活用する方向で突っ走っています。
小麦、大豆を輸入に頼っている日本は、なにかことが起こったとき大変もろい国なのです。

そのくせ一日4000万食を捨てているのですから、いま足元をかためないと、
とんでもない事態に追い込まれる可能性が非常に高いと言わねばなりません。  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 10:51TrackBack(1)気づき

2008年04月19日

クマともりとひと ②

以前、ブログで日本熊森協会という自然保護団体のこと、
そして代表をつとめておられる森山まり子さんのことをご紹介させていただきました。

森山さんを紹介していただいたキャッスル・ロック・プランニング代表の
斉藤満雄さんとともに、昨日、DVD収録もかねて、日本熊森協会を訪問しました。

いま中村久子さんの生涯をご紹介するDVDの制作を
斉藤満雄さんにお願いしているところなのですが、
そこに森山まり子さんにもご登場いただくことになっていて、
その撮影も兼ねてお話をお聞きすることにしたのです。


中村久子さんは、幼少の頃、両手両足を壊疽(えそ)におかされて、
切断し、「だるま娘」と呼ばれるような苛酷な環境を生き抜き、
ヘレン・ケラー女史から「私よりすごい人がいる」と絶賛された人です。

中村久子さんは、明治、大正という貧しい時代に、岐阜・高山の片田舎で、
少女の頃から日常生活のすべてを一人でやりぬき、
晩年には「ある、ある、ある」という詩をおよみになったことで知られています。

それに引き換え、私たちの社会はモノで満ちあふれ何一つ不自由がないにもかかわらず、
なお「ない、ない、ない」と無いものを求めて、自ら地獄をつくり出して苦しんでいる
というのが現実の姿です。

そんなことを繰り返しているうちに、自然環境ががたがたになってしまい、
自然から頂くものが「ない、ない、ない」という状態になってしまったのです。

「中村久子さんの生涯」をご紹介することで、これからの厳しい時代を生きるうえで
参考にしていただきたいと思い、8月完成を目指してDVDを制作しているところです。

さて、日本熊森協会と森山まり子さんの活動について、もう少しご報告しておきましょう。

以前にご紹介しましたように、私たちの先祖が大切に手付かずにしてきた
「奥山」の原生林を、戦後、拡大造林という名の下に、
杉、ヒノキに置き換えたことで、日本の熊が絶滅しはじめました。

このままいくと日本人はまともに生きていくことができなくなることが
憂慮される事態になってしまったのが現状です。

奥山で生きていくことができなくなった熊や鹿、いのしし、猿たちが
えさを求めて里山に出てきたのを見て、動物が増えすぎたと錯覚し、
これら動物たちに有害鳥獣という汚名をきせて、
銃や罠で次々に動物たちを駆除し始めたのです。

(詳細については「クマともりとひと」
 (日本熊森協会、TEL:0798-22-4190 FAX:0798-22-4196)をお読みください。)

クマともりとひと

そしてわかったことは動物の棲めない森は枯れてしまうということ、
森がなくなると人も滅びるということです。

現実に、原生林を人工林に切換え、保水力を失った山が崩れ始めました。

奥山が失われるということは水が失われるということを意味しています。

日本の産業を支えてきたのは、何十年、何百年もかかって、こんこんと奥山の森から
湧き出す水だったということに遅まきながら一部の人が気づき始めました。

森山まり子さんとともに、寝る時間を惜しんで、
「奥山を保全し、熊たちが安心して住める森を残そう」
という願いをもって会の活動を推進している若いスタッフの人たちを見て、
日本熊森協会はすごい団体に発展し、日本を救う活躍をしてくれるに違いない
と直感的に感じました。

若い人たちが

「人の勝手な都合で、クマをはじめとして動物たちを滅ぼす
この実態を黙って見逃すことができない」

という純粋な理由で、命がけで立ち上がり始めたのを見て大変心強く感じました。
トータルヘルスデザインも日本熊森協会を、一生懸命応援しようと思っています。

もう「ああでもない、こうでもない」と議論をする時間は残されていません。


現代人は「森が滅びるとき、人も滅びるのだ」ということを
直感的に悟る必要があると思うのです。

産業が滅びる前に、食糧危機が勃発するであろうことは
火を見るより明らかです。事態をこのまま放置すると、やがて水道の水がなくなる
という事態にまでつながっていくのです。

森山まり子さんが兵庫県の氷ノ山に行ったときのこと、
一人のおばあさんが
「熊さんが住んどりなさる、あの山から、水もらって生きてきたんや」
とつぶやいておられたことに強い感銘を覚えたと語っておられました。

昔の人に、こんな自然観があったからこそ、
日本人は素晴らしい自然に抱かれてこれまで生き延びることができたのでしょう。

ご先祖様が大事にしてきた森を私たちは台無しにしてしまいました。

今まさに森が消えようとしていますが、いまならまだ間に合います。

自然に対して、そして生かされていることに対して
深い感謝の念をささげることが何よりも大切なことではないかということを痛感しました。  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 17:27TrackBack(6)気づき

2008年03月29日

ホ・オポノポノ

ホ・オポノポノというハワイの癒しの手法ついては、
ご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか?

3月27日にイハレアカラ・ヒュー・レン博士が京都本社にお越しになり、
「ホ・オポノポノ」についていろいろと教えていただきました。

お蔭さまで大変楽しいひと時を過ごすことができました。

イハレアカラ博士と近藤洋一


これを機会に「ホ・オポノポノ」のご紹介をさせていただきます。

ハワイ州立病院に触法精神障害者(刑法に触れる罪を犯しているにもかかわらず、
精神障害があるという理由で不起訴あるいは無罪になった人)を収容する病棟があるそうです。

ヒュー・レン博士は、これらの人たちを誰一人診察することなく、治してしまったことで
知られています。

この病棟は大変危険なところで、いつ襲われるか分からないので、
職員は戦々恐々としていて、辞めていく人も多かったそうなのです。

この病院に赴任してきたヒュー・レン博士は、一度も患者を診ることなく、
ただカルテに眼を通すだけなのに、患者は次々に治っていき、
今ではもうこの病棟は閉鎖されてしまったということなのです。

博士は患者のカルテに眼を通しながら、それらの問題は全部自分が作り出したものであるとして、
「I‘m sorry(ごめんなさい)」「I love you(愛しています)」
という言葉を何度も何度も繰り返し、自分に言い聞かせていたというのです。

彼が自分に働きかけると、患者に癒しが起こり始め、乱暴な患者もおとなしくなって、
次々に退院していったそうなのです。

現在その病棟は閉鎖されているということなのです。

一体どうなっているのでしょうね。
誰が聞いても「そんなバカな!」と言いたくなるのではないでしょうか?


このことについてヒュー・レン博士にお聞きしました。


「あなたが体験するすべてはあなたの責任なのです。

あなたのイメージの中にある全世界はすべてあなたの人生の中にあり、

あなたがつくりだしたものなのですから、世界を変えるにはあなたを変えるしかないのです。

もし世界を癒したかったら、自分を愛し、自分の人生を癒すしかありません。

全世界はあなたの中に投影されたものであってそれは存在していないのですから。

だから自分を愛し、自分を癒すことによって、自分が変化したとき、世界も変化しているのです。

“ありがとう”という言葉には、
“ごめんなさい”“愛しています”という言葉のすべてを含んでいます。

だから“ありがとう”という言葉を大切にしてください。」



と語っておられます。



非常に興味深いことですね。とはいっても、いままでの一般常識からはみ出す話なので、
少し理解しにくいこともあるのかもしれません。

詳細については後日明らかにしていきたいと思います。  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 11:13TrackBack(2)気づき

2008年02月29日

「ツキを呼ぶ魔法の言葉」の新展開

五日市剛さんがイスラエルでおばあさんと出逢い、その体験談が
「ツキを呼ぶ魔法の言葉」として出版されて以来、大変なブームとなり今もまだ続いています。

こんなことはそんなにあることではありません。きっと何か大きな意味があるのだと思います。
五日市さんがおばあさんと出会ったことから偶然としか言いようのない出来事が
次々に起こったことが、読む人を魅了していったのでした。

悪いことが起こったときには「ありがとう」、良いことが起こったときには「感謝します」
という言葉を口に出して言えば、どんどんツキがついてくるという、
まことにシンプルな方法が紹介されていて、
これがまたヒットした要因となっているのだと思います。

この本が本屋さんに並んだわけでもないのに、口コミだけで100万部を
突破したというのは驚きと言うほかありませんね。

その「ツキを呼ぶ魔法の言葉」が、はせくらみゆきさんと出会ったことから
またまた進化し始めました。

はせくらみゆきさんと近藤洋一

はせくらさんは実に不思議な女性です。

あるとき宇宙存在から宇宙情報に関する講義を受け、人の知らないことが
ばっちりわかる能力を授かったのです。

と言ってもいい加減な話ではありません。

五日市さんがお世話になったイスラエルのおばあさんは、
その後、お亡くなりになったのですが、はせくらさんはそのおばあさんの
意識と交信することが出来て、五日市さんも知らない、さまざまなメッセージを
受け取っていらっしゃいます。

おばあさんによると、この荒れた世を救う救世主は人ではなく言葉だというのです。

おばあさんがはせくらさんに伝えたところによると、おばあさんには
五日市さんの来ることは、前もってわかっていたのだそうです。

五日市さんにその言葉を伝え、それが世の中に広がる事によって、
世の中が良くなるというのがおばあさんの願いだったのです。

「すべてのことに感謝することができれば、この世は良くなる」ということなのです。


話は変わりますが、最近エリック・パールさんが大変な人気を呼んでいます。

エリック・パールさんと近藤洋一

はせくらさんはそのエリック・パールさんとも友達なのだそうです。
友達といっても会ったことはなく、意識で交信しているというのですから、
大変興味深いとは思われませんか?

彼女に聞くとエリックさんのことも教えてもらえるので、興味は尽きません。
このような話は胡散臭く思われがちなので、普段はあまり話すことはありません。

しかしはせくらさんは素晴らしい人間性の人なので、
安心してお話させていただくことが出来るのです。

はせくらさんの描いた絵は、癒される、病気が治る、ついてきたなどという
評判が立ち、「ツキを呼ぶ魔法の絵」として、いまブームになっています。

虹の夢
「虹の夢」


3月30日に下記のとおり、五日市剛さんとはせくらみゆきさんのセミナーを
開催させていただきます。

よければご参加ください。


>>美と健康セミナー3月開催~ はせくら みゆきさん with 五日市剛さん~

詳細ページへ


>>「ツキを呼ぶ魔法の言葉」  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 15:35TrackBack(3)気づき

2008年02月08日

クマともりとひと

過日、日本熊森協会代表の森山まり子さんのお話をお聞きし、
世の中には知らない事がいっぱいあることに驚くと同時に、
これは何とかしなければならないという緊迫感にも襲われました。

いま、日本の奥地の広大な森が大荒廃していて、ツキノワグマが絶滅寸前なのです。

問題はクマだけではありません。
このまま放置しておくと人類も滅亡してしまうことが明白になり、
危機感を覚えた若い人たちが立ち上がり、その運動が大きなうねりになり出しました。

かつては野獣や鳥類の宝庫だった日本の奥山の広大な部分が、
戦後の拡大造林という国策によって、杉とヒノキだけの人工林に
変わってしまったことから、すべては狂い始めたのです。


杉やヒノキは、葉は苦くて食べられないし、クマなどの動物たちの
えさとなる実もならないので、空腹に耐えられなくなった動物たちは、
森から里へと飛び出してくるようになりました。

このような現象が起こるのは絶滅の前触れだそうです。

しかし農作物を荒らされた地元の人々は
「動物が増えすぎて、森からあふれ出てきた」と勘違いして、
銃やわなで動物たちを駆除し始めたのです。

こんなときは、大きな動物から滅んでいくそうで、いま、ツキノワグマの絶滅が始まりました。

留意しておくべき大切なことは、動物たちを滅ぼす森は人間も滅ぼすのだということです。

奥山が荒廃すると、私たちの大切な水源も枯れてしまうのです。
そこには絶望的な現実があります。

森山さんからお話をお伺いするまでは、「奥山」ということをあまり意識していませんでした。
山の奥のほうという、単にそんなイメージがあるだけでした。

里山というのは、人の集落に近いところにある山を意味していて、その里山で昔の人は
山の恵みを得ていたという程度のことしか、考えたこともありませんでした。

ところが違うのですね。

昔の人の中にはすごく知恵ある人がいて、ある位置から向こうの山を奥山と規定し、
そこに生えている樹は一切切ってはならないという掟を定め、
人の手が入らないようにしたのです。

だから奥山は、どこも野生の鳥獣たちの宝庫だったのだそうです。
クマをはじめとするいろんな種類の動物たちが、ブナやミズナラなどの広葉樹の生い茂った、
自然の森の中で共生していたのです。

多種多様な木々の、花、葉、実や草、虫など、四季を通して食糧が豊富にあり、
そこで動物たちは平和な毎日を過ごしていたというのです。

ところが近年、広葉樹が伐採され、そのかわりに人間に有用とされる杉やヒノキだけの
針葉樹が植林されたため、野生動物たちは、ねぐらとえさばを失い、
人里に飛び出してくるようになったというのです。

詳細については「クマともりとひと」(日本熊森協会)をご参照ください。
ホームページはhttp://homepage2.nifty.com/kumamori/です。


奥山は莫大な量の水を蓄える力があるそうです。
何十年ものあいだ、奥山で蓄えられ、湧き出してきた水を人々は生活の利用してきたのでした。

だから奥山はアンタッチャブルだったのです。
一方、杉の木が整然と並ぶ人工林の表土は保水力がないので、表土は雨水で流され、
生物の棲めない死の森になっているのです。

21世紀は世界的に水が不足し、水争いが起こる可能性が高いという意味で
「水の世紀」と呼ばれています。

日本も例外ではありません。
水源の確保が極めて重大な問題としてクローズアップされてくるでしょう。

世界の有力企業がこの水源に眼をつけ、水の確保に乗り出しているという話も耳にします。
水をめぐる「ウオータービジネス」で、資本が収益を上げる構造ができると
深刻な問題が起こる可能性もあります。

先祖代々、クマの棲み続けた豊かな森を次の世代に残していきたいものです。

くまともりとひと
  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 17:11気づき

2007年12月04日

食糧問題

いま世の中には、食べ物があふれかえっているように見えます。

偽装問題が明るみに出るなどして、貴重な食糧がどんどん廃棄されている実態を見るにつけ、
果たしてこんなことがいつまで続くのかという疑問と不安が頭をよぎります。

量的には食糧はあまっているように見えますが、日本全体としては
自給できていないという現実があります。
と同時に質の問題があります。

言い出したらきりのないくらいに不自然な食べ物が食卓をにぎわしていますが、
案外知られていないのがF―1雑種の問題です。

元来生物は自分の子孫を残すことを絶対的なテーマとしてこの世に生を
受けているといってよいと思います。

50年ほど前にレオポンが話題になったことがあります。

オスの豹とメスのライオンをかけ合わせて誕生したのがレオポンです。
ところがこのレオポンは一代限りで、子どもができないのです。

反自然行為もいいところですね。

同じことが植物にも広く行われていて、病気に強い、害虫に強いなどという
親のよいところだけをとり上げてつくられたトウモロコシや大豆などが
幅広く市場に出回っていますが、その種を蒔いてももう次の芽は出てこないのです。

一代限りの雑種で、あくる年に栽培するときには新たに種を買わなければなりません。
次世代に自分の種を残せないものを食べて本当に大丈夫なのかという疑問が残りますね。

そして世界の巨大メーカーや巨大穀物商社に特許・流通を握られているため、
いざというとき、どうするのかという問題があります。

もうどうしようもないように見えるこれらの問題を解決するのは
「気」の力ではないかなと思っています。

「無限塾」の方が掌から発する「気」を野菜に送るだけで、無農薬でものすごく大きく、
そして美味しい野菜ができるということを以前ご報告しました。

かねてより人の中には無限の力が潜在していて、その力によって現在農業が
かかえているあらゆる問題が解決するのではないかと思っていました。

つい先日も、同じようにして栽培された巨大な白菜をいただきました。

無限塾の野菜

それがまた大変美味しいのです。

人の中に眠っている無限の力に気づけば、いまある難題は全部解決するのではないかと
思っています。

希望をもって、現実の問題に取り組みたいものです。  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 11:51気づき

2007年09月15日

共感覚

もうずいぶん以前のことになりますが、香りを研究していたことがありした。

研究といっても、まあ真似事みたいなものです。
パヒューマーと呼ばれる香りをかぎ分けるプロの人に、いろいろ教えを受けながら
一つ一つ香りをかぎ分けていくのです。

犬ほどではありませんが、人の嗅覚もけっこう敏感で、
分析機器で計測できる限度を超えて、においをかぎ分けることができるのです。

ところがお腹がいっぱいになると、感度が鈍くなるので、においを嗅ぐときは
空腹にしておく必要があります。

スポーツをするときや人前で話をするときも、空腹状態でないと集中が途切れ、
良い結果が出ないので、すきっ腹でやるようにしていますが、皆さんはいかがでしょうか?

満腹になると人の感性は鈍くなるように思います。

ところで毎日においを嗅ぎ続けていると、ある種のにおいと色が関連していることに
気づきました。

このにおいは茶色、これは水色・・・といった調子で
においを分類しておくのに都合がよいのです。

これは単に自分の勝手な感覚に過ぎないと思っていたのですが、
最近、脳の科学が発達し、「共感覚」という感覚が存在することが
知られるようになりました。

人によっては、数字に色がついて見えたり、音を聞くと色を感じる人がいるというのです。

以前は、共感覚はインチキだとか、記憶によるものに過ぎないと
思われていたそうなのですが、最近になって、これが実際に起こっているのだと
いうことが証明されたそうなのです。

脳の研究が進んで、通常は別々に働く脳の二つの領域がお互いに活性しあうために
起こるのではないかと考えられています。

あるものを別のものにたとえるのを隠喩といいますが、子どもに未知のことを
教えるときなど、たとえを用いることによって、可能になりますが、
ひょっとする共感覚は未来を開く感覚なのではないかと思えてきます。  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 10:00気づき

2007年08月30日

「チャレンジPPK」①

いま日本の社会はとんでもないほど多くの厄介な問題をかかえています。
いとも簡単に人を殺してしまうという事件が相次いでいますが、
一体どうなっているのでしょうか?

20年ほど前から高度情報化社会といわれるようになりました。

インターネットからさまざまな情報を瞬時に引き出すことができるようになって、
都会に住む多くの若者は、なんでもわかってしまうかのような錯覚に
支配されているように見えます。

インターネットやテレビに行きかう情報は誰かの頭を通って
アウトプットされた、いわば加工された情報です。

現代のメディアには、加工された情報がめまぐるしいスピードで、
縦横無尽に飛び交っているのです。

おびただしい数の加工された情報にさらされていると、感性は鈍化するに違いありません。

感性は体験を通して磨き上げられるものだからです。

たとえば死という問題を取り上げても、本当の「死」に立ち会ったことのある人は
ほとんどいないのではないでしょうか?

重い病気やひどい怪我で病院に担ぎ込まれたら最後、
治らない限り病院から出ることができない時代になってしまいました。

畳の上で死ぬということはよほどのことがない限りなくなってしまったわけですから、
私たちは人の死に直面することがなくなってしまったのです。

そのくせテレビや映画では人殺しは日常茶飯事の如くあふれかえっています。
「死ぬ」ということがどういうことか実感としてつかめないまま、人は画面を通して
多くの「死」に出会っているというのが現実の姿です。

加工された情報ばかりと付き合っていると、感性は完全に麻痺してしまい、
いとも簡単に人を殺すことができるということになるのだと思います。

これは一例に過ぎません。
今私たちに必要なのはナマ情報といってよいと思います。

高度情報化社会に生きる現代人は、ナマの情報に接することによって
鈍化した感性を蘇えらせる必要に迫られているのです。

ところで高齢化社会を迎えた今、どのように死ぬかということが大変大きな問題として
クローズアップされています。

寝たきりにはなりたくない、ぼけたくはない・・・など、など、人生究極の大問題に
直面している人が増えています。

歳をとって誰でも願うことは、ピンピンコロリと逝くことではないでしょうか?

いまピンピンコロリを実現するために「チャレンジPPK」という会を立ち上げるべく準備中です。

9月16日に東京で発足会を行います。
興味をお持ちの方はお問い合わせください。    

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 10:00気づき

2007年08月01日

ミツバチが消える!?

最近アメリカでミツバチがどんどん消滅しているという話をよく聞きます。

一生懸命働いていたミツバチが、次の日、巣箱に戻らず消えてしまうという現象は、
昨年末あたりから報告されていたそうです。

ミツバチは蜂蜜を作るだけではなく、授粉にもかかわっているため、
ミツバチが授粉してくれているお蔭でできる植物が生産できなくなる
恐れがあると懸念されています。

ミツバチの消滅は、ブラジルやイギリスでも報告されているということですから、
少し不気味ですね。

ミツバチに限らず、これから私たちは深刻な食糧問題に直面することになると思います。

最近、エタノールやバイオディーゼルなどバイオ燃料の需要が高まっていますが、
そのあおりを受けて、原料のトウモロコシやヤシ油などの原料価格が上昇しています。

中国やインドが経済成長する中で、食料の需要が急増するとともに、
食生活も西洋化するなど、世界的に食糧問題が深刻化することが予測されます。

世界規模で天変地異が激増しています。いつ何が起こっても不思議ではありません。
他人事ではないといってよいと思います。

無駄を省き、将来に備えたいものです。

  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 10:00気づき

2007年07月04日

抗酸化

新聞記事などを見ていると、世の中には難病・奇病が
あふれかえっているような印象があります。

体がだるい、筋肉痛がある、疲労感があってやる気もおきない、胃腸の調子が悪い、
腰が痛いなどなど症状は千差万別で、病院に行くとその症状にふさわしい病名が与えられ、
治療が始まるのだと思います。

しかしさまざまな病気の共通点は何かと探っていくと、内部で起こっていることは意外に
シンプルです。

体が酸化しているということが共通因子として、クローズアップされてくるように思われます。

多くの研究者がその対策を研究していて、さまざまな角度から酸化を防ぐための対策、
すなわち抗酸化の研究が行われています。

現代社会で生活していると体が酸化される傾向が強いということが明らかになっていて、
これを「酸化ストレス」とよんでいます。

少し専門的になってしまいますが、酸化というのは電子が奪われる現象を指し、
活性酸素のようなフリーラジカルが暗躍するからだとされています。

フリーラジカルが活躍すると、老化が加速化し、ガンや動脈硬化などの疾病にかかる恐れが
出てくるということが知られています。

だから今必要なことは「抗酸化」なのです。

ところで面白いのは西洋の医学者は、酸化ストレスに精神的な要素を認めない傾向に
あるということです。

酸化というのは純粋に物理的、化学的な現象なので抗酸化物質を探求し、
それをもとにして治療法を確立することで解決するという事のようです。

日本人の場合、人間関係の悩みなど精神的な要素も酸化ストレスに
かかわってくるように思うのではないでしょうか?

いずれにしても「抗酸化」をテーマとする時代を迎えているといえそうです。  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 11:44気づき