2006年12月27日

すべてを超える翼

1970年代だったと思いますが、「かもめのジョナサン」という本が話題を呼んだことがありました。
群れを飛び出したかもめのジョナサンが、工夫を重ねて並みのかもめではできない技を編み出し、
「個」を確立するという筋書きだったように記憶しています。

最近「すべてを超える翼」(サンマーク出版)という本を読みました。
ゴーマーというガンを主人公とする物語です。

ガンが一糸乱れぬ美しい編隊を組んで飛んでいるのをご覧になられたことと思います。
なぜこんなに美しい編隊を組むことができるのか不思議に思っていたのですが、
編隊を組まないとガンは、数キロ以上飛ぶことはできないのだそうです。

ガンは本能的に逆「V 」字型の編隊を組み、それ自体が一羽の鳥のようになって、
何千キロも旅をすることができるというのです。

編隊を組んで初めてガンの「真の翼」が出来上がるのですからびっくりですね。
一羽ではできないことが編隊を組むとできてしまうのです。

この編隊は強い列と弱い列からなっています。
左端の弱い列は長さも短く、年老いて弱ったガンや幼いガンで編成されます。

それ以外の強いガンたちは右側の強い列を形作り、飛行中のさまざまな障害に立ち向かい、
一羽ではできないことをやり遂げてしまうのです。

かもめのジョナサンが脚光を浴びたのは、「個」の開放が全世界で叫ばれた時代でした。
アメリカでは西海岸で反体制運動として盛り上がったものでした。
その同じアメリカでいま、「全体」のあり方が問われているのです。

アメリカという国は懐の深い国なのですね。
日本は「和をもって尊しとなす」国なのですが、何故か「全体」の前で「個」を犠牲にするという
イメージが強く、それが軍国主義につながったという側面があるのを否めません。

「個」を犠牲にするのではなく、「個」を最大限に発揮することによって、及びもつかないような
「全体」の力が発揮されるという時代を迎えているように思います。

詳細についてはいずれ、「元気アップニュース」でご紹介したいと思っています。

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⇒元気アップニュース詳細  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 15:18

2006年12月18日

ようこそ、エハンさん

エハンさんがブログに復帰していただいています。
有難うございます。

エハンさんが精魂込めてお書きになったブログを削除し、申し訳なく思っていた矢先だけに
うれしさでいっぱいです。

エハンさんファンの方にもご心配おかけし、申し訳ございませんでした。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

エハンさんとはもうずい分長いお付き合いです。

「日本人以上に日本人らしい西洋人」としての誠実なエハンさんが大好きで、これからも日本人が
忘れてしまっている「日本人の本質」を語っていただき、「世界平和の発信基地としての日本」を
多くの人と共有していきたいと願っています。よろしくお願いいたします。

そこでエハンさんにプレゼントです。

       敷島の 大和心を 人問わば
             朝日ににおう 山桜花


最近日本人の良いところがどんどん削り取られていき、それが当たり前であるかのような
印象が世間一般にしみとおっているのが、すごく気になっています。

たとえばマスコミなどで「談合」が悪であると槍玉に上がっています。
談合というのは話し合って物事をきめることで、「和をもって尊しとなす」という聖徳太子以来の
日本人の原点です。

どのような制度をとっても悪いことをする人は必ずでてくるというのがこの世の習いです。
「談合制度」を逆手にとって自分だけが得をしようという人がでてくることはよくある話です。

人間性の高い人がリーダーになって、誰でもが事業に参加できるように話し合いを進めれば、
一人の脱落者を出すことなく、その事業に参画し、多くの人に生計の道が開かれることでしょう。

何か問題があるとすれば、それは制度にあるのではなくそれを実施する人にあるというのは
よくある話です。
「談合制度」は主宰する人によって良くもなれば悪くもなるのですね。
「談合制度」にかえて「競争制度」にすれば、一見民主的なように見えて、強い者の一人勝ちの
世の中になり、行き着く先は失業者続出というのは眼に見えています。

待っているのは「狼生きろ、豚は死ね」というアメリカ型弱肉強食の社会システムです。

いま日本人が考える必要のあること、それは日本という国は、存在するすべてのものに神が
宿っていて、すべてのものが尊く、価値のある存在であるという「八百万の神」を価値観の原点に
おいている国だということです。

共有されているのは「協調の精神」であって「契約の精神」ではありません。
西洋流「一神教」の価値観が日本社会に根付くことはありえないことです。

エハンさんはそのことをお見通しの素晴らしいそして楽しい人です。
これからのますますのご活躍ご発展を祈ってやみません。
よろしくご支援のほどお願い申し上げます。  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 16:45

2006年12月12日

エハンさん有難うございました

いつも「希望の星」ブログをご覧いただき有難うございます。

グラハム・ハンコックさんをお迎えしてのセミナーそしてイベントもつつがなく終了いたしました。
これもひとえに皆様の厚いご支持の賜物と有難く感謝申し上げます。

そして何から何までエハン・デラヴィさんにお世話いただき、万事がうまく運びました。
かねてよりトータルヘルスデザインでも親しくさせていただき、お世話になっている人気抜群のエハン・デラヴィさんですが、ブログをしばらくお休みになります。

当面、お遍路などして、新境地を開拓されるとお聞きしています。少し寂しくなりますが、
「希望の星」ブログを従来どおりよろしくお付き合いいただきますようお願い申し上げます。

さて12月10日付の、エハンさんの最後のブログを、途中で削除させていただきました件に
つきまして、唐突なので誤解があるといけませんので、お詫びかたがたご報告申し上げます。

エハンさんの文中に「誤解を招く噂を流している人がいる」という趣旨の、文章がありました。エハンさんは「こんなにせの情報を流す人がいる」といって、非常に憤慨されていました。ごもっともな事とお察しいたしております。

この文章を読んで、伝える人に悪気がなくとも、噂が噂を呼び、にせの情報がまことしやかに伝えられると、エハンさんだけではなく、とんでもない迷惑をこうむる人が出てくる可能性があると判断いたしました。

伝送ゲームというのがあります。あるニュースを一人一人順々に伝えていくと、
10人くらい伝わった時点で、ニュースの内容が当初とは予想もつかないくらい変質していきます。
きっと皆様も体験されていると思います。悪気がなくてもどんどん変わっていくのです。

「噂千里を走る」というくらい、ものすごいスピードで伝わり、気がついたときには取り返しが
つかないということはよくある話です。

1973年、トイレットペーパーがなくなるという噂があっという間に広がり、店頭から
トイレットペーパーが消えてしまうという事件がありました。冷静に考えれば、トイレットペーパーが
一気になくなるということはありえないにもかかわらず、これは起こったのです。

そのようなわけで、こんな悪質なデマが流れてしまうととんでもないことになると思い、いち早く対処させて頂くことと判断した次第です。

急なことなので不審にお思いの方もいらっしゃると思います。ご迷惑をおかけし申し訳ありません。
事情ご賢察の上、お許しいただきますようお願い申し上げます。

エハンさんには、お遍路からご帰宅の折、是非ブログの再会を心待ちにさせていただいております。  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 10:15

2006年12月11日

セットとセッティング

狼少女カマラの話を聞いたことがあります。

たしかインドだったと思うのですが、カマラは生まれてすぐ、狼に育てられたそうです。
それから何年かたって、9歳くらいのとき、狼の群れと一緒に、まるで狼のように走り回っている
ところを発見され保護されました。

ところが人間社会にはなかなかなじめず、近づくと狼が牙をむいて威嚇するように、
カーッと歯をむいて睨みつける始末でした。そして間もなく、人間社会にはなじむこともなく、
亡くなってしまったそうです。

「氏より育ち」という言葉があります。カマラの話は生育環境がいかに大切かを物語っているのでは
ないでしょうか?
最近、DNAの研究が進化してDNAがすべてのような感じを受けてしまいますが、カマラの場合、
人間のDNAはどうなってしまったのでしょうね。

眼を日本人のあり方に移してみましょう。戦後60年経ったいま、日本人が本来もっていたであろう
素晴らしい特性、たとえば武士道に代表されるような日本人の美的感受性は影も形もなくなって
しまったとお感じの方も多いのではないでしょうか?

「河清100年」という表現があります。日本人の美的感覚が元に戻るのを期待するのは、
黄河の水が澄むのを100年待つようなもので、もう期待できないのではないかと思えてくるほど、
ひどい世の中になりました。

「時流」を追いかけていてもどうにもなりません。
ただ座してDNAに期待していてもだめだと思うのです。

いま必要なことは「真善美」の追求だと思います。

心身相関医学の世界的権威のアンドルー・ワイル博士は、ペルーアマゾンでシャーマンに入門し、
シャーマニズムのテクノロジーを現代医学に応用する研究を繰り返したそうです。
そして有名な『セットとセッティング理論』を構築したといわれています。

同じ抗精神性薬物でも、それを摂取する人の期待感(セット)と摂取環境(セッティング)によって、
その薬理効果は天国と地獄ほどの差が出るという理論です。
これを博士は「甲の薬は乙の毒」と表現しています。

意識のあり方が病気の治癒をも大きく左右する時代になったといってよいと思います。

「日々成長し、人のお役に立ちたい」と思って生活するのと、
「道でこけたら道が悪い、うまくいかないのはあいつのせいだ」と思って生活するのとでは、
人生雲泥の差が出ることはいつの時代でも言えることですね。

いきいきわくわくいきましょう。  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 09:29

2006年12月08日

次元の話⑧

トータルヘルスデザインは、21世紀意識を共有するネットワークを創造することによって、
日本を「美し国・まほろば」として再生しようとしています。
21世紀意識とは5次元意識であり、メインテーマは「真善美」です。

そのために時代背景を明確に認識しておく必要があります。
明治政府は欧米列強と肩を並べるべく「脱亜入欧・富国強兵」政策を推進した結果、
人々の生活が欧米化しました。

第二次世界大戦を契機として、日本人の劣等意識が表面化し、アメリカをモデルとした
生活スタイル、日常意識が形成され、日本人の長所が短所として認識されるにいたりました。

1990年以降、アメリカ型グローバルスタンダードが日本列島を覆いつくし、日本はアメリカの属国と化しました。

拝金主義が幅を利かせ、「長幼の序」「知情意の教育」「家族制度」「向こう三軒両隣的地域社会」
「自然への畏怖」「お互い様で象徴される人間関係」など、日本人の素晴らしい特性が完膚なきまで
に破壊され、唯物主義の国へと変貌しました。

「21世紀は心の時代」といわれています。
1980年ごろより、さかんに「心の時代」ということが言われましたが、掛け声だけに終わっています。

それは「心」を三次元意識の中で、すなわち物質次元でとらえようとしたからに他なりません。
人は「体」と「心」を与えられてこの世に生を受けました。
体は物質なので、三次元的なとらえ方で十分理解できます。

オリンピック選手などの活躍を見ても、素晴らしいとしか言いようがありません。
体を使うというのは、もうこのへんでいいのではないでしょうか?

問題は「心」をどう使うかです。
「心」は3次元以外の4次元や5次元に飛んでいって、
さまざまな情報や智恵を手に入れ、日々の暮らしに役立てることができる神のプレゼントです。

一般に霊能者は4次元世界とコンタクトして、少しおどろおどろしい情報をとりだし、人を驚かせます。
このような情報はこれからの社会にあまり必要ありません。
必要なのは5次元情報です。5次元世界とコンタクトするには高い人間性が必要です。

したがって、いまもたらされている情報が4次元情報なのか、5次元情報なのかを判断する必要が
でてきます。
神の審判ができる人を「審神者(さにわ)」といいます。
これからは、その情報がどの次元から来ているのか明らかにする「さにわ」の能力が
必要になってくるでしょう。

人を脅したり、不安に陥れたりするような人から発せられる情報は、きわめて低次元の情報
ですから、あまり近寄らないほうが身のためといえるように思います。

「愛と調和」「互恵と共生」「人の喜びを自分の喜びとする心」「空」がキーワードです。  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 15:41次元の話

2006年12月02日

次元の話⑦

時代が大きく移り変わろうとしている今、社会は混迷の度を深めつつあります。
そのひとつに「科学」と「エセ科学」の問題があるように思います。
「科学」か「エセ科学」かを論じる前に「科学とは何か」を明確にしておかなければなりません。

湯川秀樹、朝永振一郎、坂田昌一さんとともに日本を代表する理論物理学者として活躍した
故武谷三男・立教大学教授は「科学とは自然の法則性を認識する認識概念である」と
定義されていたように思います。

非常にシンプルでわかりやすい定義ではないでしょうか?

したがって科学とは「物質と情報とエネルギー」で構成されている「自然すなわち3次元世界の
法則性を追求する学問」ということになります。

当然のことながら、そこには「気、心、意識、霊性」などという因子は登場しません。
したがってこれら未知の因子が、自然界に及ぼす影響については、いっさい考慮されていません。

仮に科学者の頭の中にこれらの因子がふっと浮かぶことがあっても、無視もしくはタブーとして
「かやの外」に置かれるというのが、従来の科学者のマインドであったといえると思います。

いま世間では、「科学かエセ科学か」という議論が盛んのようですが、その背景には従来の科学では
扱いきれなかった、これら高次元の因子がかかわっていることをしっかり認識する必要があるのでは
ないでしょうか?

この世には「例外」とか「再現性がない」という理由で、科学の土俵に乗せてもらえない事実が数多く
存在します。
自然すなわち三次元世界の法則性という枠内にすっぽり収まりきれないことというのは無数にあります。

こんな例はいかがでしょうか?「子どもが学校になじめず、心身症になってしまいました。そこでお母さんが、毎日毎日、愛情を込めて手づくりのおにぎりをつくってあげました。
するとあるとき、お子さんの心身症はすっかり治ってしまった」という事例です。

これに似たような、あるいはもっともっと微妙な事例は枚挙にいとまがありません。
この世で、あるとき一度しか起こらなかったことは、検証のしようがないのです。
それでもその事実は確かに存在したのですから、無視したり否定したりすることは科学者の態度では
ないといってよいと思います。

人は「体と心」を与えられてこの世に生を受けました。体のことを従来の3次元科学で理解しようと
するなら、物質的な側面だけを取り上げれば事はすむかも知れません。
しかし心の及ぼす影響を無視して、人の体を研究することはもう許されない時代を迎えています。

心は「ころころ」変わるから心なのだというくらい、心のことはよく分かりません。
心は3次元界の範疇を超えて人に与えられたプレゼントなのです。

4次元にも5次元にもかかわってくる大変素晴らしいプレゼントなので、わからないからといって無視するのではなく大事に扱いたいものです。
「こころ」のことを無視して科学だとかエセ科学だとかいっているうちに時代はどんどん進んでいきます。

科学者は今こそ、異次元を考慮に入れた仮説を提唱し、21世紀の科学技術のあり方を研究するとき
ではないでしょうか?  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 15:10次元の話