2007年01月30日
手紡ぎ
今日1月30日は理不尽な人種差別に対し、非暴力・不服従による抗議行動で対抗した
有名なインドの政治家マハトマ・ガンジーがニューデリーで暗殺された日です。
1948年1月30日のことでした。
当時、インドはイギリスの植民地で、圧政に苦しんでいたのですが、ガンジーはインドの独立を
目指し、インド国民会議派の指導者として活躍しました。
イギリスの紡績業に対抗し、手動の糸紡ぎ機で自ら糸を紡ぎ、簡素な服を身にまとっていたことで
知られています。
インドの国旗はマハトマ・ガンジーが愛用した糸紡ぎ機だったのですが、今はそれが消え、
法輪になっています。

糸紡ぎ機はインドの人々の生活を支える大事な道具で、当時の人々の収入源でした。
ネルー首相の頃からインドは能率のよい大型の機械を導入し、近代化へ向かって
突き進んで行ったのです。
もはや糸紡ぎ機は必要ではなくなったのです。
日本の近代化と似たところがあるのではないでしょうか?
これは歴史の必然なので、そのことを云々することもないのですが、一方的に近代化が
推進された結果、働くことの意味、人間性のあり方に大きな風穴が開いてしまいました。
大英帝国が衰微し、いまやアメリカが世界で暴威をほしいままにしています。
日本にはアメリカ型グローバルスタンダードはあわないのだと思います。
いまあらゆる分野で手作りの良さが見直されています。
「勿体ない」という精神もこんなところから生まれるのだと思います。
当社では手紡ぎの和紡布をご紹介させていただいています。
超高速の機械にはない感覚が人気を呼んでいます。
ひとつの潮流といえるのかもしれません。


-------------------------------------------------------------------------
>>和紡布 商品ページはこちら
有名なインドの政治家マハトマ・ガンジーがニューデリーで暗殺された日です。
1948年1月30日のことでした。
当時、インドはイギリスの植民地で、圧政に苦しんでいたのですが、ガンジーはインドの独立を
目指し、インド国民会議派の指導者として活躍しました。
イギリスの紡績業に対抗し、手動の糸紡ぎ機で自ら糸を紡ぎ、簡素な服を身にまとっていたことで
知られています。
インドの国旗はマハトマ・ガンジーが愛用した糸紡ぎ機だったのですが、今はそれが消え、
法輪になっています。

糸紡ぎ機はインドの人々の生活を支える大事な道具で、当時の人々の収入源でした。
ネルー首相の頃からインドは能率のよい大型の機械を導入し、近代化へ向かって
突き進んで行ったのです。
もはや糸紡ぎ機は必要ではなくなったのです。
日本の近代化と似たところがあるのではないでしょうか?
これは歴史の必然なので、そのことを云々することもないのですが、一方的に近代化が
推進された結果、働くことの意味、人間性のあり方に大きな風穴が開いてしまいました。
大英帝国が衰微し、いまやアメリカが世界で暴威をほしいままにしています。
日本にはアメリカ型グローバルスタンダードはあわないのだと思います。
いまあらゆる分野で手作りの良さが見直されています。
「勿体ない」という精神もこんなところから生まれるのだと思います。
当社では手紡ぎの和紡布をご紹介させていただいています。
超高速の機械にはない感覚が人気を呼んでいます。
ひとつの潮流といえるのかもしれません。


-------------------------------------------------------------------------
>>和紡布 商品ページはこちら
Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at
11:27
2007年01月26日
続々「意型」
トータルヘルスデザインでは「元気になれば病気は治る」をモットーとしています。
ところで病気になったとき悩まされる症状は、あくまでも結果に過ぎません。
おなかが痛いので薬を飲んだら治ったというとき、薬は結果に働きかけたわけです。
それはそれでよいと思うのですが、いつも結果に働きかけるという癖がついていると
「原因」に対して鈍感になり、人生の価値を損なうことにつながりかねません。
「なぜ病気になるのか」のメカニズムについて考えるとき、フィンランドの保険局が行った実験が
役に立つと思いますのでご紹介いたします。
「フィンランドの保険局が40~45歳の上級管理職の人を600人選び、タバコや酒、
塩や砂糖の摂取など栄養面、日常的な運動のあり方など健康指導を行うとともに、
定期的な健康診断を実施しました。
と同時に、同じ年齢の上級管理職の人を600人選び、健康指導は行わず、ただ定期的な
健康診断のみ実施しました。
そして15年後、あっと驚く結果がでたのです。
高血圧やガン、心臓の病気などいろいろな病気による死亡者、自殺者の数のいずれもが、
健康管理されたグループのほうが多かったのです。」
健康法則をしっかり守り真面目に生きている人よりも、体に良いとか悪いとか何も気にしないで
生活している人のほうが健康だとは驚きですね。
この結果をもとに、節制しすぎると体に悪い、禁煙は体に良くないなどという意見が出て話題を
呼んだものです。
フィンランド症候群と呼ばれるものです。
何が問題なのか考えてみることにいたしましょう。たとえばタバコをすっているとします。
タバコの葉っぱに含まれている農薬などの化学物質、紙を燃えにくくするために配合されている
化学物質など、タバコは体に悪いという物質的な証拠はたくさんあります。
お酒にしても肉にしても砂糖にしても、悪いところをあげだしたらきりがありません。
これら体に悪いといわれるものを摂取しても元気でピンピンしている人がいるかと思えば、
そうでない病気がちの人もおられます。体のことを注意すればするだけ病気が気になって
青白い顔をしている人もみられます。
ある物質が体に良いか悪いかは、さまざまな要因によって変化します。
だから必ずしも原因とは限りません。原因はこれらのことをどのように受け止めて生活するのか
という心のあり方にも大きく影響されます。あまり過敏になりすぎると、そのことが病気を引き起こす可能性もあります。
他人に言われて結果を気にするとろくなことはありません。
なぜなら人間には少々の毒なら排泄することのできる毒素排泄能力が備わっているからです。
毒素排泄能力というのは生物に元来備わっている自然治癒力です。
細かいことに気を使いすぎたり、びくびくしたりして生きていると、原因となる「意型」がゆがむので
十分に働いてくれません。
「元気になれば病気は治る」を再確認して、たくましく元気に生きましょう。
(農薬などの化学物質、人工の電磁波などの害を心配する必要がないといっているのでは
ありません。これら現代文明の悪は善に変換するか、もしくは排除していく必要があると
思っています。誤解のないよう念のため申し添えておきます。)
ところで病気になったとき悩まされる症状は、あくまでも結果に過ぎません。
おなかが痛いので薬を飲んだら治ったというとき、薬は結果に働きかけたわけです。
それはそれでよいと思うのですが、いつも結果に働きかけるという癖がついていると
「原因」に対して鈍感になり、人生の価値を損なうことにつながりかねません。
「なぜ病気になるのか」のメカニズムについて考えるとき、フィンランドの保険局が行った実験が
役に立つと思いますのでご紹介いたします。
「フィンランドの保険局が40~45歳の上級管理職の人を600人選び、タバコや酒、
塩や砂糖の摂取など栄養面、日常的な運動のあり方など健康指導を行うとともに、
定期的な健康診断を実施しました。
と同時に、同じ年齢の上級管理職の人を600人選び、健康指導は行わず、ただ定期的な
健康診断のみ実施しました。
そして15年後、あっと驚く結果がでたのです。
高血圧やガン、心臓の病気などいろいろな病気による死亡者、自殺者の数のいずれもが、
健康管理されたグループのほうが多かったのです。」
健康法則をしっかり守り真面目に生きている人よりも、体に良いとか悪いとか何も気にしないで
生活している人のほうが健康だとは驚きですね。
この結果をもとに、節制しすぎると体に悪い、禁煙は体に良くないなどという意見が出て話題を
呼んだものです。
フィンランド症候群と呼ばれるものです。
何が問題なのか考えてみることにいたしましょう。たとえばタバコをすっているとします。
タバコの葉っぱに含まれている農薬などの化学物質、紙を燃えにくくするために配合されている
化学物質など、タバコは体に悪いという物質的な証拠はたくさんあります。
お酒にしても肉にしても砂糖にしても、悪いところをあげだしたらきりがありません。
これら体に悪いといわれるものを摂取しても元気でピンピンしている人がいるかと思えば、
そうでない病気がちの人もおられます。体のことを注意すればするだけ病気が気になって
青白い顔をしている人もみられます。
ある物質が体に良いか悪いかは、さまざまな要因によって変化します。
だから必ずしも原因とは限りません。原因はこれらのことをどのように受け止めて生活するのか
という心のあり方にも大きく影響されます。あまり過敏になりすぎると、そのことが病気を引き起こす可能性もあります。
他人に言われて結果を気にするとろくなことはありません。
なぜなら人間には少々の毒なら排泄することのできる毒素排泄能力が備わっているからです。
毒素排泄能力というのは生物に元来備わっている自然治癒力です。
細かいことに気を使いすぎたり、びくびくしたりして生きていると、原因となる「意型」がゆがむので
十分に働いてくれません。
「元気になれば病気は治る」を再確認して、たくましく元気に生きましょう。
(農薬などの化学物質、人工の電磁波などの害を心配する必要がないといっているのでは
ありません。これら現代文明の悪は善に変換するか、もしくは排除していく必要があると
思っています。誤解のないよう念のため申し添えておきます。)
Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at
10:08
2007年01月25日
続「意型」
慢性病には意識の型すなわち「意型」がかかわっているのですから、病気になったと思ったら、
慢性化しないうちに治してしまうことが肝要だと思われます。
お医者さんに行くなら、名医といわれる人を選び、絶対的な信頼感をもって、身をゆだねることが
必要だと思います。
「これで良いのかな」なんて思いながら治療してもらっても、意識には何がしかの不安が
残っているのですから、思わしい結果が出ない可能性があります。
大体、お医者さんに失礼だと思うのですが、いかがでしょうか?
我が家ではお医者さんの薬は、できれば三日でやめて、最悪でも一週間で治してしまおう、と
言っています。
慢性化させないという決意をもつことが必要だということ以外に、薬は化学物質ですから、
だらだら服用していると、心身が化学物質で汚染されてしまうと思うからです。
私自身、もう30年以上お医者さんに行ったことがなく、薬も飲んだことがありません。
病院で検査されるのが苦痛ということの他に、年をとった人間が検査を受けると、
何がしかの悪いところがでてくるものだからです。お医者さんから検査数値を突きつけられ、
あれこれ言われると気になるものですし、気にすると、決してよいことは起こらないと思うからです。
「病気」とは気を病む、つまり「気にする。悪いほうへ悪いほうへと心を使う」ということだと思うのです。
自分の好み、欲求に逆らって、「あれは駄目、これは駄目」などと、やりたくないことを理性で選択し、
生活するとろくでもないことが起こるものだからです。
健康に関する本を読んでいると「甘いものは駄目、辛いものは駄目、肉は駄目、白米は駄目・・・・」
など駄目な物だらけということがよくあります。
読み進んでいくと思い当たることがいっぱいあって、少しは気になるし、大体楽しくなくなります。
楽しくないことを理性で押さえつけようとしても、いつかは心身のゆがみとなって出てくるものです。
「健康病」です。
二度とない人生、いきいきわくわく楽しく生きたいものです。とは言うものの人生、思わぬことが
起こって、体調を崩すこともよくあることです。
そんなときどうするかが問われます。
疲れたときなどここ一番というときには、自分自身納得できる天然のものを持っておく必要が
あるように思います。
子どもの頃、我が家には「りゅうほうせん」という取って置きの、何にでも効く万能薬のようなものが
常備されていました。
おなかが痛いというと「りゅうほうせん」、中耳炎になったら「りゅうほうせん」という具合に何でも
かんでも「りゅうほうせん」でした。そしてそれがよく効くのです。
飲むと顔がゆがむほど、恐ろしく渋い飲み物だったので、子供心にも、もうあれを飲むくらいなら
病気にならないぞと心に誓ったものです。
(ちなみに「りゅうほうせん」は知らぬ間に消えてしまいました)
「ここ一番というときには迷わずこれだ」というものをもっておくと、気が楽だと思います。
今そんな時代ではないでしょうか?
慢性化しないうちに治してしまうことが肝要だと思われます。
お医者さんに行くなら、名医といわれる人を選び、絶対的な信頼感をもって、身をゆだねることが
必要だと思います。
「これで良いのかな」なんて思いながら治療してもらっても、意識には何がしかの不安が
残っているのですから、思わしい結果が出ない可能性があります。
大体、お医者さんに失礼だと思うのですが、いかがでしょうか?
我が家ではお医者さんの薬は、できれば三日でやめて、最悪でも一週間で治してしまおう、と
言っています。
慢性化させないという決意をもつことが必要だということ以外に、薬は化学物質ですから、
だらだら服用していると、心身が化学物質で汚染されてしまうと思うからです。
私自身、もう30年以上お医者さんに行ったことがなく、薬も飲んだことがありません。
病院で検査されるのが苦痛ということの他に、年をとった人間が検査を受けると、
何がしかの悪いところがでてくるものだからです。お医者さんから検査数値を突きつけられ、
あれこれ言われると気になるものですし、気にすると、決してよいことは起こらないと思うからです。
「病気」とは気を病む、つまり「気にする。悪いほうへ悪いほうへと心を使う」ということだと思うのです。
自分の好み、欲求に逆らって、「あれは駄目、これは駄目」などと、やりたくないことを理性で選択し、
生活するとろくでもないことが起こるものだからです。
健康に関する本を読んでいると「甘いものは駄目、辛いものは駄目、肉は駄目、白米は駄目・・・・」
など駄目な物だらけということがよくあります。
読み進んでいくと思い当たることがいっぱいあって、少しは気になるし、大体楽しくなくなります。
楽しくないことを理性で押さえつけようとしても、いつかは心身のゆがみとなって出てくるものです。
「健康病」です。
二度とない人生、いきいきわくわく楽しく生きたいものです。とは言うものの人生、思わぬことが
起こって、体調を崩すこともよくあることです。
そんなときどうするかが問われます。
疲れたときなどここ一番というときには、自分自身納得できる天然のものを持っておく必要が
あるように思います。
子どもの頃、我が家には「りゅうほうせん」という取って置きの、何にでも効く万能薬のようなものが
常備されていました。
おなかが痛いというと「りゅうほうせん」、中耳炎になったら「りゅうほうせん」という具合に何でも
かんでも「りゅうほうせん」でした。そしてそれがよく効くのです。
飲むと顔がゆがむほど、恐ろしく渋い飲み物だったので、子供心にも、もうあれを飲むくらいなら
病気にならないぞと心に誓ったものです。
(ちなみに「りゅうほうせん」は知らぬ間に消えてしまいました)
「ここ一番というときには迷わずこれだ」というものをもっておくと、気が楽だと思います。
今そんな時代ではないでしょうか?
Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at
09:43
2007年01月24日
意型
エハンさんがブログで体が震え出してとまらないと書いておられます。
19歳のときのエチオピアでの体験が記憶として残っているようだとエハンさんは言っています。
体の細胞の98%は一年で更新されるということです。記憶が多少不確かで申し訳ないのですが、
胃などの細胞は2~3週間、肝臓も1ヶ月程度で更新されるということだったように思います。
となると慢性病というのは一体何なのでしょうね。胃腸にしても肝臓、腎臓にしても一度悪くすると
いつまで経ってもぐずぐずしていて、一向によくならないというのはよくあることです。
30歳くらいのときに胃を悪くして病院で見てもらったことがありました。
レントゲンを写すは、胃カメラを撮るは・・・・など徹底して検査されたのですが、どこも悪いところが
ないにもかかわらず、病院に行くと毎回、どっさりと薬を貰い、生活指導まで受ける始末でした。
・・・酒、タバコはやめて、朝はパンと牛乳、そしてできるだけ消化のよいものを食べるようになどなどでした。
お医者さんの指導を真面目に守っていたのですが、いつまで経っても一向によくなりません。
そのうちに胃がたしかにここにあるということまで意識できるようになりました。
大体、元気なときは胃、肝臓、腎臓、すい臓などの臓器がどこにあるのかわからないものです。
その在り処がいつも気になっているようだと、これは病気としか言いようがありません。
そのことに気づいたので、病院に行くのをやめにして、酒もタバコも再開し、好きなことをし出した
ところ、いっぺんに治ってしまいました。
そして病気とは何なのかということが理解できたように思いました。
現代医学では慢性病は治らない、症状は体に任せて放っておいたら、
治ってしまうものだということがよく理解できました。
しかし30年以上経ったいまでも時々、胃の調子が悪くなります。
だからエハンさんのいうことはよく分かります。
たとえばプラスチックでコップを作ろうとすると、まずコップの鋳型を作りますね。そ
の鋳型どおりのプラスチックのコップが出来上がるのですが、もし鋳型がゆがんでいたら
どうでしょう。コップまでゆがんできますね。
人間の心身の異常も同じだと思います。鋳型すなわち「意型」、つまり意識の型がゆがんで
いるのです。意識の型の中には過去の記憶が大きなウエイトを占めるのでしょう。
そうすると新しくできてくる細胞も「意型」通りのものができてくるわけですから「意型」を
改良しない限り、病気はいつまで経っても治らないということになります。
とにかくいち早く病気を治すコツは、症状のことは症状に任せ、忘れてしまうことだといって
よいと思います。
エハンさんも少し無理をされたので、昔の古傷が出てきたのかもしれません。
全快されることをお祈りいたします。
19歳のときのエチオピアでの体験が記憶として残っているようだとエハンさんは言っています。
体の細胞の98%は一年で更新されるということです。記憶が多少不確かで申し訳ないのですが、
胃などの細胞は2~3週間、肝臓も1ヶ月程度で更新されるということだったように思います。
となると慢性病というのは一体何なのでしょうね。胃腸にしても肝臓、腎臓にしても一度悪くすると
いつまで経ってもぐずぐずしていて、一向によくならないというのはよくあることです。
30歳くらいのときに胃を悪くして病院で見てもらったことがありました。
レントゲンを写すは、胃カメラを撮るは・・・・など徹底して検査されたのですが、どこも悪いところが
ないにもかかわらず、病院に行くと毎回、どっさりと薬を貰い、生活指導まで受ける始末でした。
・・・酒、タバコはやめて、朝はパンと牛乳、そしてできるだけ消化のよいものを食べるようになどなどでした。
お医者さんの指導を真面目に守っていたのですが、いつまで経っても一向によくなりません。
そのうちに胃がたしかにここにあるということまで意識できるようになりました。
大体、元気なときは胃、肝臓、腎臓、すい臓などの臓器がどこにあるのかわからないものです。
その在り処がいつも気になっているようだと、これは病気としか言いようがありません。
そのことに気づいたので、病院に行くのをやめにして、酒もタバコも再開し、好きなことをし出した
ところ、いっぺんに治ってしまいました。
そして病気とは何なのかということが理解できたように思いました。
現代医学では慢性病は治らない、症状は体に任せて放っておいたら、
治ってしまうものだということがよく理解できました。
しかし30年以上経ったいまでも時々、胃の調子が悪くなります。
だからエハンさんのいうことはよく分かります。
たとえばプラスチックでコップを作ろうとすると、まずコップの鋳型を作りますね。そ
の鋳型どおりのプラスチックのコップが出来上がるのですが、もし鋳型がゆがんでいたら
どうでしょう。コップまでゆがんできますね。
人間の心身の異常も同じだと思います。鋳型すなわち「意型」、つまり意識の型がゆがんで
いるのです。意識の型の中には過去の記憶が大きなウエイトを占めるのでしょう。
そうすると新しくできてくる細胞も「意型」通りのものができてくるわけですから「意型」を
改良しない限り、病気はいつまで経っても治らないということになります。
とにかくいち早く病気を治すコツは、症状のことは症状に任せ、忘れてしまうことだといって
よいと思います。
エハンさんも少し無理をされたので、昔の古傷が出てきたのかもしれません。
全快されることをお祈りいたします。
Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at
11:17
2007年01月20日
こよみ
いま日本ではグレゴリウス暦という西洋の暦を使っていますが、
明治5年12月2日までは、旧暦すなわち太陰太陽暦を使っていました。
旧暦というとなんだか古臭いというイメージがありますが、自然の営みを理解し、
自然を暮らしに取り入れようとすると、俄然、旧暦の凄みがクローズアップしてきます。
旧暦を使いこなすことができるようになると、天候が読めるので、
たとえばファッション業界の人ですと、商売の役に立つようになります。
私どもでは20年ほど前から旧暦を扱っています。当時、旧暦に興味のある人は
まったくといってよいほどおられなかったのですが、いまやお求めになる方が結構おられ、
時代の流れを痛感しています。
さて今日・1月20日は旧暦では師走(12月)2日になります。
毎月1日は新月すなわち闇夜です。今日は2日なので今夜は二日月ですが、
お月様の姿はほとんど見えません。真っ暗なので足元にお気をつけください。
といっても都会は明るいので、関係ありませんね。
そして明日・3日が文字通り三日月です。
また本日は大寒、ふきのとうが芽を出す頃です。
いまが一番寒さの厳しい時期ですが、2月4日立春になると、万物に春の陽気が立ち始めます。
寒中見舞いの葉書はこの頃までに出すとされています。
そして2月18日が春節、いわゆる旧正月(1月1日)で、この日から春が始まります。
年賀状に「新春のお喜びを申し上げます」と書きますが、なんだか変だとお感じになりませんか?
旧暦時代のお正月に使われた挨拶が今なお使われているというわけです。
中国では今でも春節を盛大に祝いますね。
明治5年12月2日までは、旧暦すなわち太陰太陽暦を使っていました。
旧暦というとなんだか古臭いというイメージがありますが、自然の営みを理解し、
自然を暮らしに取り入れようとすると、俄然、旧暦の凄みがクローズアップしてきます。
旧暦を使いこなすことができるようになると、天候が読めるので、
たとえばファッション業界の人ですと、商売の役に立つようになります。
私どもでは20年ほど前から旧暦を扱っています。当時、旧暦に興味のある人は
まったくといってよいほどおられなかったのですが、いまやお求めになる方が結構おられ、
時代の流れを痛感しています。
さて今日・1月20日は旧暦では師走(12月)2日になります。
毎月1日は新月すなわち闇夜です。今日は2日なので今夜は二日月ですが、
お月様の姿はほとんど見えません。真っ暗なので足元にお気をつけください。
といっても都会は明るいので、関係ありませんね。
そして明日・3日が文字通り三日月です。
また本日は大寒、ふきのとうが芽を出す頃です。
いまが一番寒さの厳しい時期ですが、2月4日立春になると、万物に春の陽気が立ち始めます。
寒中見舞いの葉書はこの頃までに出すとされています。
そして2月18日が春節、いわゆる旧正月(1月1日)で、この日から春が始まります。
年賀状に「新春のお喜びを申し上げます」と書きますが、なんだか変だとお感じになりませんか?
旧暦時代のお正月に使われた挨拶が今なお使われているというわけです。
中国では今でも春節を盛大に祝いますね。
Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at
16:41
2007年01月19日
ゴールイン
すべての人に共通の人生の終着駅は「死」ですね。
フランスかどこかの国の箴言に「眼をあいてじっと見ていることができないもの・・・
それは太陽と死」というのがあります。
スポーツでも何でもゴールが楽しみだから、一生懸命やるのだと思います。
もしゴールするとろくなことがないということになると、そのゲームはやる価値がないの
ではないでしょうか?
私たちは普段「死」のことを話すと縁起でもないということで、どうしてもこの話題を
避けて通りがちです。
江戸・元禄時代に書かれた武士道の原点「葉隠」には「武士道とは死ぬことと見つけたり」という
有名な言葉があります。現代人が聞くと何かぎょっとしますが、これはきっと普段「死」を避けて
通っているからなのでしょう。
今日、杉浦師と「弥盛亭」でとんかつを食べながら、死ぬ話に花を咲かせました。
かねてより「チャレンジ125―――輝いて生き、輝いて帰る―――」という趣旨の会を
つくろうという企画を立てていて、いまその準備に入っているところなのです。
せっかく生まれてきたのだから125歳まで輝いて生き、ピンピンころりで行こうという会です。
別に125歳まで生きなくてもよいのですが、とにかく元気に生きて元気に死のうというわけです。
ところで、一番の謎は「どうして人は死ぬとき硬直するのだろう?」ということです。
杉浦師に葬式をお願いすると体が軟らかいまま「あの世」に行けるのですから、
「死後硬くなるほうがおかしい」ということになります。
人生あらゆる執着をなくすと、死んでも固くならないというのが結論のようです。
一昨日、新幹線で遺伝子の研究で有名な村上和雄先生とぱったりお会いし、
こんな話をしたところ、「入会しよう」といっておられました。
昨年末、免疫学の権威・安保徹先生とお酒を飲みながら、こんな話に花を
咲かせたのですが、「その会に入ろう」とおっしゃっていただきました。
「楽しくゴールイン」を実現したいと思っています。
フランスかどこかの国の箴言に「眼をあいてじっと見ていることができないもの・・・
それは太陽と死」というのがあります。
スポーツでも何でもゴールが楽しみだから、一生懸命やるのだと思います。
もしゴールするとろくなことがないということになると、そのゲームはやる価値がないの
ではないでしょうか?
私たちは普段「死」のことを話すと縁起でもないということで、どうしてもこの話題を
避けて通りがちです。
江戸・元禄時代に書かれた武士道の原点「葉隠」には「武士道とは死ぬことと見つけたり」という
有名な言葉があります。現代人が聞くと何かぎょっとしますが、これはきっと普段「死」を避けて
通っているからなのでしょう。
今日、杉浦師と「弥盛亭」でとんかつを食べながら、死ぬ話に花を咲かせました。
かねてより「チャレンジ125―――輝いて生き、輝いて帰る―――」という趣旨の会を
つくろうという企画を立てていて、いまその準備に入っているところなのです。
せっかく生まれてきたのだから125歳まで輝いて生き、ピンピンころりで行こうという会です。
別に125歳まで生きなくてもよいのですが、とにかく元気に生きて元気に死のうというわけです。
ところで、一番の謎は「どうして人は死ぬとき硬直するのだろう?」ということです。
杉浦師に葬式をお願いすると体が軟らかいまま「あの世」に行けるのですから、
「死後硬くなるほうがおかしい」ということになります。
人生あらゆる執着をなくすと、死んでも固くならないというのが結論のようです。
一昨日、新幹線で遺伝子の研究で有名な村上和雄先生とぱったりお会いし、
こんな話をしたところ、「入会しよう」といっておられました。
昨年末、免疫学の権威・安保徹先生とお酒を飲みながら、こんな話に花を
咲かせたのですが、「その会に入ろう」とおっしゃっていただきました。
「楽しくゴールイン」を実現したいと思っています。
Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at
17:05
2007年01月06日
新時代の予感
今日は24節気の「小寒」です。
この日から寒気一段と厳しくなるので、「寒の入り」とも呼ばれています。
節分までの30日間が「寒のうち」で、一番寒い期間ですね。
「寒中見舞い」もこの期間に出すといわれています。
ところでカレンダーを見ると、今年の成人の日は8日になっていてびっくりしてしまいました。
成人の日というのは、もともと15日で、この日に意味があるから15日を祝日にしたのでは
ないでしょうか?
それをどうして8日にしたのか?
不思議ですね。
きっと連休にしたかったのでしょう。
「国民総出で祝う日」としての祝日を、屁理屈をつけて単なる休みにするというお上の感覚は
少し気になります。ちょっとしたことにこだわると息苦しくなるので、何事にもこだわらないように
しているのですが、無定見ぶりには驚いてしまいます。
独断と偏見をお許しいただけるとしたら、このままいくと日本は烏合の衆の寄り合い所帯と化し、
本当に駄目になってしまうように思います。
いまから140年前、江戸幕府はあえない最期を遂げました。西郷隆盛や坂本竜馬が活躍したので、
維新の志士たちが江戸幕府を滅ぼしたかに見えますが、これはあくまでも結果にすぎません。
幕府は莫大な借金を抱えていて台所は火の車状態でした。この間、住友や鴻池といった
商業資本が富を蓄え、新しい時代へ向けて台頭していたのです。
世の中を動かしてきたのは経済の力です。江戸幕府は少し押すだけで、簡単に倒れてしまったのです。
維新の志士たちは放っておいても倒れる運命にあった幕府を無理やりなぎ倒してしまったという
ことだと思います。
同じことがこの現代社会にも起こっています。いま政府は1000兆円を超える莫大な赤字をかかえ、
よたよたしていますが、一方、日本の家計はなんと、2000兆円を超えているのだそうです。
家計のお金が国を動かしているというのが現実の姿なのです。
明治以来富を蓄積してきた財閥が終戦とともに解体され、気づいてみれば家計がそれに取って
代わっているというわけです。
これは「もう国はいらないよ」ということを物語っているのではないでしょうか?
現実に公立学校のレベル低下は著しく、みんなに敬遠されていて、学習塾が花盛り、
このままいくと不必要な存在になってしまいかねません。
鉄道にしてもそうですね。駐車違反取締りにしても警察から民間に委託されるようになりました。
間もなく郵便局も民営化されます。
いま資本主義末期、「国は存在しないほうが人は幸せに生きていけるのではないか」ということを
人々が模索し始めたのかもしれません。
一人当たりの家計の純資産は世界一だそうです。ポスト資本主義社会のモデルは日本に
ありそうですね。
一人一人が新しい国の青写真を描く必要のある時代にさしかかっているといえそうです。
この日から寒気一段と厳しくなるので、「寒の入り」とも呼ばれています。
節分までの30日間が「寒のうち」で、一番寒い期間ですね。
「寒中見舞い」もこの期間に出すといわれています。
ところでカレンダーを見ると、今年の成人の日は8日になっていてびっくりしてしまいました。
成人の日というのは、もともと15日で、この日に意味があるから15日を祝日にしたのでは
ないでしょうか?
それをどうして8日にしたのか?
不思議ですね。
きっと連休にしたかったのでしょう。
「国民総出で祝う日」としての祝日を、屁理屈をつけて単なる休みにするというお上の感覚は
少し気になります。ちょっとしたことにこだわると息苦しくなるので、何事にもこだわらないように
しているのですが、無定見ぶりには驚いてしまいます。
独断と偏見をお許しいただけるとしたら、このままいくと日本は烏合の衆の寄り合い所帯と化し、
本当に駄目になってしまうように思います。
いまから140年前、江戸幕府はあえない最期を遂げました。西郷隆盛や坂本竜馬が活躍したので、
維新の志士たちが江戸幕府を滅ぼしたかに見えますが、これはあくまでも結果にすぎません。
幕府は莫大な借金を抱えていて台所は火の車状態でした。この間、住友や鴻池といった
商業資本が富を蓄え、新しい時代へ向けて台頭していたのです。
世の中を動かしてきたのは経済の力です。江戸幕府は少し押すだけで、簡単に倒れてしまったのです。
維新の志士たちは放っておいても倒れる運命にあった幕府を無理やりなぎ倒してしまったという
ことだと思います。
同じことがこの現代社会にも起こっています。いま政府は1000兆円を超える莫大な赤字をかかえ、
よたよたしていますが、一方、日本の家計はなんと、2000兆円を超えているのだそうです。
家計のお金が国を動かしているというのが現実の姿なのです。
明治以来富を蓄積してきた財閥が終戦とともに解体され、気づいてみれば家計がそれに取って
代わっているというわけです。
これは「もう国はいらないよ」ということを物語っているのではないでしょうか?
現実に公立学校のレベル低下は著しく、みんなに敬遠されていて、学習塾が花盛り、
このままいくと不必要な存在になってしまいかねません。
鉄道にしてもそうですね。駐車違反取締りにしても警察から民間に委託されるようになりました。
間もなく郵便局も民営化されます。
いま資本主義末期、「国は存在しないほうが人は幸せに生きていけるのではないか」ということを
人々が模索し始めたのかもしれません。
一人当たりの家計の純資産は世界一だそうです。ポスト資本主義社会のモデルは日本に
ありそうですね。
一人一人が新しい国の青写真を描く必要のある時代にさしかかっているといえそうです。
2007年01月04日
笑う門に福来る
明けましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になり有難うございました。
「一年の計は元旦にあり」と申します。
この一年、幸多い年にしたいとの願いを込めて、
毎年お正月には書初めをすることにしています。
少しでも人様のお役に立つには、どのように生きればよいのか、
いろいろ考えてしまいますが、頭で考えれば考えるほど
ぎこちないものになってしまいます。
そこで今年はシンプルに「笑門来福」としました。
福が来てから笑おうと思っていても、なかなか福はやってきません。
こちらが笑っていると福の神様がニコニコしながらやってくるのですね。
福の神様に愛されるようになって初めて世の中の役に立つわけですから、
「いつもにこにこ」生きていきたいものです。
今年もよろしくお願いいたします。
ますますのご発展ご活躍心よりお祈り申し上げます。
旧年中は大変お世話になり有難うございました。
「一年の計は元旦にあり」と申します。
この一年、幸多い年にしたいとの願いを込めて、
毎年お正月には書初めをすることにしています。
少しでも人様のお役に立つには、どのように生きればよいのか、
いろいろ考えてしまいますが、頭で考えれば考えるほど
ぎこちないものになってしまいます。
そこで今年はシンプルに「笑門来福」としました。
福が来てから笑おうと思っていても、なかなか福はやってきません。
こちらが笑っていると福の神様がニコニコしながらやってくるのですね。
福の神様に愛されるようになって初めて世の中の役に立つわけですから、
「いつもにこにこ」生きていきたいものです。
今年もよろしくお願いいたします。
ますますのご発展ご活躍心よりお祈り申し上げます。
Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at
11:11





