2008年04月30日
熊野古道
4月22,23日の二日間、熊野の天女座にお邪魔し、
“魂のふるさと”熊野の風光を満喫してきました。

天女座というのは、シンセサイザー、電気大正琴、チエンバロの素晴らしい演奏活動と
作詞・作曲で大活躍されている音楽家の矢吹紫帆さん
(NHK「美の回廊を行く」「日本美再発見」などの音楽を担当されました)と
4オクターブの声域で神秘的、原初的な
即興ヴォイスパフォーマンスを展開しておられる矢中鷹光さん
が経営しておられる「海の見える音楽ホール&カフェ」です。
矢吹さんという女性は、めちゃくちゃ行動力のある人で、
天女座をつくるという長年の夢を実現するべく、2000年3月に熊野市役所に飛び込んで
周辺を案内してもらい、熊野のあまりのすごさに魂が震えたそうです。
早速、使われていないトヨタの部品工場を借りて改装して、
この手づくり音楽ホールが出来上がったというのです。
「熱い想いは実現する」のだということをつくづく感じてしまいます。
天女座は、お二人が企画してこられた「10万人とふれあうコンサート」でふれあった国内、
海外の人たちと地元の人々との文化交流をはかり、熊野からアートフェスティバルを
世界へ発信するという気宇壮大な目的をもってつくられたものです。
THDではDVD「動き始めた百匹目の猿」シリーズを展開中ですが、
あのヘレンケラー女史をして“私よりすごい人がいる”と言わしめた
「中村久子さん」編を制作するための準備をしているところです。
両手両足を切断し、辛酸をなめつくした中村久子さんのことが
あまり知られていないのは、不思議というほかありませんが、
最近になってTVなどでとり上げられるようになりました。
五日市剛さんを通して矢吹紫帆さんから
「中村久子さんの人生を是非映画にしたい」
というお話があり、
「それではやりましょうか」
ということになり、とんとん拍子で話は進み、
熊野を訪問したというわけです。
矢吹さんには音楽を担当してもらうことになっています。
当日は、日本一のつき男・五日市剛さん、
宇宙時代のアーティスト・はせくらみゆきさん、

DVDを制作していただいている斉藤満雄さん、
そしてマヤの長老・アレハドロさんが来日されたとき、矢吹さん、矢中さんと行動をともにし、
笛を演奏されておられた岡久司さん、
そして私・近藤洋一の6名でお邪魔し、
楽しい二日間を過ごすことができました。

夕食は「うつぼ鍋」をご馳走になりました。
あのどう猛なうつぼのことだから、さぞかし脂ぎった味がするのだろうなと
思っていたのですが、これが大変淡白な味の絶品だったのにはびっくりしました。
夜は矢吹紫帆さんと矢中鷹光さんの演奏と
熊野古道にこうこうと輝く十七夜のお月さんに身も心もすっかり癒され、
こじらしていた風邪が治ってしまいました。
熊野古道も散策しました。

さすが世界遺産に選ばれるだけあって、風光明媚なイヤシロチで、
是非一度訪問されてはいかがでしょうか?
日本最古の「花の窟(はなのいわや)神社」のご神体の大きな岩も見ものです。

天女座の連絡先を記しておきます。
〒519-4207三重県熊野市波田須町640-15
TEL 0597-86-1024 FAX 0597-86-0870
「中村久子さん」のDVDは8月には出来上がる予定です。
お楽しみになさってください。
>>「動き始めた百匹目の猿」シリーズ
“魂のふるさと”熊野の風光を満喫してきました。

天女座というのは、シンセサイザー、電気大正琴、チエンバロの素晴らしい演奏活動と
作詞・作曲で大活躍されている音楽家の矢吹紫帆さん
(NHK「美の回廊を行く」「日本美再発見」などの音楽を担当されました)と
4オクターブの声域で神秘的、原初的な
即興ヴォイスパフォーマンスを展開しておられる矢中鷹光さん
が経営しておられる「海の見える音楽ホール&カフェ」です。
矢吹さんという女性は、めちゃくちゃ行動力のある人で、
天女座をつくるという長年の夢を実現するべく、2000年3月に熊野市役所に飛び込んで
周辺を案内してもらい、熊野のあまりのすごさに魂が震えたそうです。
早速、使われていないトヨタの部品工場を借りて改装して、
この手づくり音楽ホールが出来上がったというのです。
「熱い想いは実現する」のだということをつくづく感じてしまいます。
天女座は、お二人が企画してこられた「10万人とふれあうコンサート」でふれあった国内、
海外の人たちと地元の人々との文化交流をはかり、熊野からアートフェスティバルを
世界へ発信するという気宇壮大な目的をもってつくられたものです。
THDではDVD「動き始めた百匹目の猿」シリーズを展開中ですが、
あのヘレンケラー女史をして“私よりすごい人がいる”と言わしめた
「中村久子さん」編を制作するための準備をしているところです。
両手両足を切断し、辛酸をなめつくした中村久子さんのことが
あまり知られていないのは、不思議というほかありませんが、
最近になってTVなどでとり上げられるようになりました。
五日市剛さんを通して矢吹紫帆さんから
「中村久子さんの人生を是非映画にしたい」
というお話があり、
「それではやりましょうか」
ということになり、とんとん拍子で話は進み、
熊野を訪問したというわけです。
矢吹さんには音楽を担当してもらうことになっています。
当日は、日本一のつき男・五日市剛さん、
宇宙時代のアーティスト・はせくらみゆきさん、
DVDを制作していただいている斉藤満雄さん、
そしてマヤの長老・アレハドロさんが来日されたとき、矢吹さん、矢中さんと行動をともにし、
笛を演奏されておられた岡久司さん、
そして私・近藤洋一の6名でお邪魔し、
楽しい二日間を過ごすことができました。
夕食は「うつぼ鍋」をご馳走になりました。
あのどう猛なうつぼのことだから、さぞかし脂ぎった味がするのだろうなと
思っていたのですが、これが大変淡白な味の絶品だったのにはびっくりしました。
夜は矢吹紫帆さんと矢中鷹光さんの演奏と
熊野古道にこうこうと輝く十七夜のお月さんに身も心もすっかり癒され、
こじらしていた風邪が治ってしまいました。
熊野古道も散策しました。
さすが世界遺産に選ばれるだけあって、風光明媚なイヤシロチで、
是非一度訪問されてはいかがでしょうか?
日本最古の「花の窟(はなのいわや)神社」のご神体の大きな岩も見ものです。

天女座の連絡先を記しておきます。
〒519-4207三重県熊野市波田須町640-15
TEL 0597-86-1024 FAX 0597-86-0870
「中村久子さん」のDVDは8月には出来上がる予定です。
お楽しみになさってください。
>>「動き始めた百匹目の猿」シリーズ
Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at
11:20
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2008年04月19日
クマともりとひと ②
以前、ブログで日本熊森協会という自然保護団体のこと、
そして代表をつとめておられる森山まり子さんのことをご紹介させていただきました。
森山さんを紹介していただいたキャッスル・ロック・プランニング代表の
斉藤満雄さんとともに、昨日、DVD収録もかねて、日本熊森協会を訪問しました。
いま中村久子さんの生涯をご紹介するDVDの制作を
斉藤満雄さんにお願いしているところなのですが、
そこに森山まり子さんにもご登場いただくことになっていて、
その撮影も兼ねてお話をお聞きすることにしたのです。
中村久子さんは、幼少の頃、両手両足を壊疽(えそ)におかされて、
切断し、「だるま娘」と呼ばれるような苛酷な環境を生き抜き、
ヘレン・ケラー女史から「私よりすごい人がいる」と絶賛された人です。
中村久子さんは、明治、大正という貧しい時代に、岐阜・高山の片田舎で、
少女の頃から日常生活のすべてを一人でやりぬき、
晩年には「ある、ある、ある」という詩をおよみになったことで知られています。
それに引き換え、私たちの社会はモノで満ちあふれ何一つ不自由がないにもかかわらず、
なお「ない、ない、ない」と無いものを求めて、自ら地獄をつくり出して苦しんでいる
というのが現実の姿です。
そんなことを繰り返しているうちに、自然環境ががたがたになってしまい、
自然から頂くものが「ない、ない、ない」という状態になってしまったのです。
「中村久子さんの生涯」をご紹介することで、これからの厳しい時代を生きるうえで
参考にしていただきたいと思い、8月完成を目指してDVDを制作しているところです。
さて、日本熊森協会と森山まり子さんの活動について、もう少しご報告しておきましょう。
以前にご紹介しましたように、私たちの先祖が大切に手付かずにしてきた
「奥山」の原生林を、戦後、拡大造林という名の下に、
杉、ヒノキに置き換えたことで、日本の熊が絶滅しはじめました。
このままいくと日本人はまともに生きていくことができなくなることが
憂慮される事態になってしまったのが現状です。
奥山で生きていくことができなくなった熊や鹿、いのしし、猿たちが
えさを求めて里山に出てきたのを見て、動物が増えすぎたと錯覚し、
これら動物たちに有害鳥獣という汚名をきせて、
銃や罠で次々に動物たちを駆除し始めたのです。
(詳細については「クマともりとひと」
(日本熊森協会、TEL:0798-22-4190 FAX:0798-22-4196)をお読みください。)

そしてわかったことは動物の棲めない森は枯れてしまうということ、
森がなくなると人も滅びるということです。
現実に、原生林を人工林に切換え、保水力を失った山が崩れ始めました。
奥山が失われるということは水が失われるということを意味しています。
日本の産業を支えてきたのは、何十年、何百年もかかって、こんこんと奥山の森から
湧き出す水だったということに遅まきながら一部の人が気づき始めました。
森山まり子さんとともに、寝る時間を惜しんで、
「奥山を保全し、熊たちが安心して住める森を残そう」
という願いをもって会の活動を推進している若いスタッフの人たちを見て、
日本熊森協会はすごい団体に発展し、日本を救う活躍をしてくれるに違いない
と直感的に感じました。
若い人たちが
「人の勝手な都合で、クマをはじめとして動物たちを滅ぼす
この実態を黙って見逃すことができない」
という純粋な理由で、命がけで立ち上がり始めたのを見て大変心強く感じました。
トータルヘルスデザインも日本熊森協会を、一生懸命応援しようと思っています。
もう「ああでもない、こうでもない」と議論をする時間は残されていません。
現代人は「森が滅びるとき、人も滅びるのだ」ということを
直感的に悟る必要があると思うのです。
産業が滅びる前に、食糧危機が勃発するであろうことは
火を見るより明らかです。事態をこのまま放置すると、やがて水道の水がなくなる
という事態にまでつながっていくのです。
森山まり子さんが兵庫県の氷ノ山に行ったときのこと、
一人のおばあさんが
「熊さんが住んどりなさる、あの山から、水もらって生きてきたんや」
とつぶやいておられたことに強い感銘を覚えたと語っておられました。
昔の人に、こんな自然観があったからこそ、
日本人は素晴らしい自然に抱かれてこれまで生き延びることができたのでしょう。
ご先祖様が大事にしてきた森を私たちは台無しにしてしまいました。
今まさに森が消えようとしていますが、いまならまだ間に合います。
自然に対して、そして生かされていることに対して
深い感謝の念をささげることが何よりも大切なことではないかということを痛感しました。
そして代表をつとめておられる森山まり子さんのことをご紹介させていただきました。
森山さんを紹介していただいたキャッスル・ロック・プランニング代表の
斉藤満雄さんとともに、昨日、DVD収録もかねて、日本熊森協会を訪問しました。
いま中村久子さんの生涯をご紹介するDVDの制作を
斉藤満雄さんにお願いしているところなのですが、
そこに森山まり子さんにもご登場いただくことになっていて、
その撮影も兼ねてお話をお聞きすることにしたのです。
中村久子さんは、幼少の頃、両手両足を壊疽(えそ)におかされて、
切断し、「だるま娘」と呼ばれるような苛酷な環境を生き抜き、
ヘレン・ケラー女史から「私よりすごい人がいる」と絶賛された人です。
中村久子さんは、明治、大正という貧しい時代に、岐阜・高山の片田舎で、
少女の頃から日常生活のすべてを一人でやりぬき、
晩年には「ある、ある、ある」という詩をおよみになったことで知られています。
それに引き換え、私たちの社会はモノで満ちあふれ何一つ不自由がないにもかかわらず、
なお「ない、ない、ない」と無いものを求めて、自ら地獄をつくり出して苦しんでいる
というのが現実の姿です。
そんなことを繰り返しているうちに、自然環境ががたがたになってしまい、
自然から頂くものが「ない、ない、ない」という状態になってしまったのです。
「中村久子さんの生涯」をご紹介することで、これからの厳しい時代を生きるうえで
参考にしていただきたいと思い、8月完成を目指してDVDを制作しているところです。
さて、日本熊森協会と森山まり子さんの活動について、もう少しご報告しておきましょう。
以前にご紹介しましたように、私たちの先祖が大切に手付かずにしてきた
「奥山」の原生林を、戦後、拡大造林という名の下に、
杉、ヒノキに置き換えたことで、日本の熊が絶滅しはじめました。
このままいくと日本人はまともに生きていくことができなくなることが
憂慮される事態になってしまったのが現状です。
奥山で生きていくことができなくなった熊や鹿、いのしし、猿たちが
えさを求めて里山に出てきたのを見て、動物が増えすぎたと錯覚し、
これら動物たちに有害鳥獣という汚名をきせて、
銃や罠で次々に動物たちを駆除し始めたのです。
(詳細については「クマともりとひと」
(日本熊森協会、TEL:0798-22-4190 FAX:0798-22-4196)をお読みください。)

そしてわかったことは動物の棲めない森は枯れてしまうということ、
森がなくなると人も滅びるということです。
現実に、原生林を人工林に切換え、保水力を失った山が崩れ始めました。
奥山が失われるということは水が失われるということを意味しています。
日本の産業を支えてきたのは、何十年、何百年もかかって、こんこんと奥山の森から
湧き出す水だったということに遅まきながら一部の人が気づき始めました。
森山まり子さんとともに、寝る時間を惜しんで、
「奥山を保全し、熊たちが安心して住める森を残そう」
という願いをもって会の活動を推進している若いスタッフの人たちを見て、
日本熊森協会はすごい団体に発展し、日本を救う活躍をしてくれるに違いない
と直感的に感じました。
若い人たちが
「人の勝手な都合で、クマをはじめとして動物たちを滅ぼす
この実態を黙って見逃すことができない」
という純粋な理由で、命がけで立ち上がり始めたのを見て大変心強く感じました。
トータルヘルスデザインも日本熊森協会を、一生懸命応援しようと思っています。
もう「ああでもない、こうでもない」と議論をする時間は残されていません。
現代人は「森が滅びるとき、人も滅びるのだ」ということを
直感的に悟る必要があると思うのです。
産業が滅びる前に、食糧危機が勃発するであろうことは
火を見るより明らかです。事態をこのまま放置すると、やがて水道の水がなくなる
という事態にまでつながっていくのです。
森山まり子さんが兵庫県の氷ノ山に行ったときのこと、
一人のおばあさんが
「熊さんが住んどりなさる、あの山から、水もらって生きてきたんや」
とつぶやいておられたことに強い感銘を覚えたと語っておられました。
昔の人に、こんな自然観があったからこそ、
日本人は素晴らしい自然に抱かれてこれまで生き延びることができたのでしょう。
ご先祖様が大事にしてきた森を私たちは台無しにしてしまいました。
今まさに森が消えようとしていますが、いまならまだ間に合います。
自然に対して、そして生かされていることに対して
深い感謝の念をささげることが何よりも大切なことではないかということを痛感しました。





