2008年08月22日

空母“瑞鶴”

DVDによるTHDライブラリーを企画して、一年が経過しようとしています。

「動き始めた100匹目の猿」シリーズを皮切りに、
『生きる!!中村久子物語』が間もなく完成しようとしています。

子どもの頃、両手両足を失い、史上まれに見る悲惨な人生を余儀なくされた
中村久子さんの人生を描いたものです。

見世物小屋のダルマ娘が生き仏といわれるまでに成長した、
久子さんの積極果敢な生き様を描いた短編映画なのですが、
何故これだけの人があまり知られることなく、現在に至っているのか不思議でなりません。

宇宙存在と交信することができるはせくらみゆきさんに、
久子さんのお母さんであるあやさんを演じてもらっていますが、
女優でもないのに驚いてしまうほどの迫真の演技なのにはびっくりさせられています。

それにはわけがあるのです。

彼女は演技の過程であやさんの意識と交信しているのです。
あやさん本人が演じているのですから納得といえば納得です。

9月末には出来上がりますので、楽しみになさってください。

次に企画しているのが、太平洋戦争中もっとも長期にわたって活躍した
空母「瑞鶴」が撃沈されたとき、奇跡的に助かったTさんに
沈んでいくときの生々しい姿をお聞きすることで、当時の戦争の模様を
再現したいと思っています。

まさにタイタニックなのです。

なぜT さんだけが助かり、今も健在なのかはについて、
いろいろお伺いする中で気づいたことは

「Tさんには恐怖心がない」

ということです。


これは人生すべてにいえることだと思います。

もし恐れがなければ、今は思い通りの人生を送ることができる時代だと
いってよいと思います。

どうぞお楽しみに!

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Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 15:56TrackBack(0)

2008年08月02日

百人一首



いまから思い返してみると、私たちの子ども時代、
昭和20年から30年代にかけては、大変貧しい時代であったことが
ありありと浮かんできます。

しかし人々の活力は、並大抵のものではなかったと思います。

良い意味においても悪い意味においても、その活力が現在を生んだのだと思います。

当時遊びといえば、たこ揚げ、こま回し、泥棒ごっこ、百人一首、花札など
実に素朴なものばかりでしたが、いまではほとんど残っていないのではないでしょうか?

なかでも、このまま消えてしまうのはいかにも惜しいと思うのが、百人一首です。

百人一首は、鎌倉時代初期に藤原定家が、有名な歌人100人をまず選び、
それぞれの人の秀歌を一首ずつ選んでつくり上げた歌集です。

だから百人一首なのですね。

飛鳥時代から平安時代を経て鎌倉時代に至るまでの名歌が集められていて、
日本を象徴する文化が遊びとして庶民の中に定着したものだといってよいと思います。

藤原定家が京都・嵐山の小倉山荘で選んだので
「小倉山荘色紙歌集」「小倉百人一首」と呼ばれ、今日に至っています。




子どもの頃は、香り高い日本の文化を象徴するものという意識もなく、
みんな必死になって「カルタ取り」に熱中したものでした。

カルタ取りという遊びを通して、子どもたちが知らず知らずのうちに、
日本伝来の文化に触れることができたということは、
素晴らしい先人の智恵であったといまさらながら感心してしまいます。

現代の子供達は西欧文化の上澄みだけを取りだした
薄っぺらい風俗にさらされているわけで、日本の文化をこのまま
すたれさせてはならないと思うのです。

最近、そのような風潮を憂いて、佐藤天彦さんが

「歌と絵でつづる“超早おぼえ”百人一首」
(天紋館 tel:06-6266-1701 fax:06-6271-9031)




を出版されました。

素晴らしい内容なので、よければご一読をおすすめいたします。

氏は現状を憂い、全国の小学校に「百人一首」を広めるのだと意気込んでおられます。



香り高い日本文化「百人一首」から派生した「カルタとり」という遊びに、
直感力や瞬発力を高めることができる日本伝来の高度な智恵が込められていることは
あまり知られていません。

そのことについてご紹介させていただくことにいたします。

和歌は口調のよい5・7調の音律をもった31文字の定型の短歌ですが、
「かるた」では5・7・5・7・7のうち、5・7・5を「上の句」、7・7を「下の句」とよんでいます。

たとえば天智天皇の

「秋の田の 

かりほの庵(いほ)の とまをあらみ 

わがころもでは 露にぬれつつ」




という歌がありますが、
「秋の田の かりほの庵の とまをあらみ」が上の句になり、
「わがころもでは 露にぬれつつ」が下の句になります。

読み手はこの歌を「上の句」から読んでいくのですが、取るほうの札には「下の句」だけ、
すなわち「わがころもでは 露にぬれつつ」としか書いてありません。

早い人になると読み手が「秋の」と読んだとたんに体が反応して、
「下の句」だけを書いた札を取ってしまいます。

とにかくこの調子で100枚すべての札を覚えていくわけです。



お正月になると子供達はカルタ取りに熱中するのですが、
一般的には「源平」といってお互いが二組に分かれて対戦します。

それぞれの組は50枚ずつを、適当に並べて、まずどこにどの札があるかをおぼえます。
読み手が「上の句」を読み出すと、いっせいに目を血走らせながら、
必死になって「下の句」を取るのです。

百人一首はのんびりした優雅な、お嬢さんの遊びのような印象があるかもしれませんが、
なかなかどうして、瞬発力を競う激しい競技でもあります。

全国チャンピオンを競い合う「競技カルタ」ともなると、
「畳の上の格闘技」という異名もあるように、けっこう厳しいものです。




だんだん腕が上がってくると家庭でも「競技カルタ」のやり方にならって、
腕を競うようになります。




以下そのやり方をご紹介いたします。


もちろん1対1の勝負です。
100枚の札のうち50枚を捨て、残りの50枚を半分にして、それぞれ25枚が持ち札になります。

15分間の時間が与えられますので、その間にすべての札をおぼえてしまうわけです。

当然のことながら捨てられた50枚の札のことも頭にしっかり覚えこませるわけです。
というより勝手に覚えてしまいます。

問題はこれからです。

早く取った者勝ちですから、読み手が読んでいるとき、
どこで反応し、どこで取るかが勝負の分かれ目になります。

たとえば「上の句」が「む、す、め、ふ、さ、ほ、せ」で始まる歌は一枚しかありませんから、
最初の一字を聞いただけでさっととることができるのです。

たとえば

「ほととぎす 

鳴きつる方を ながむれば 

ただ有明の 月ぞ残れる」


という歌が詠まれた場合、読み手が「ほ」と発音したその刹那、
この札を取ることができるのです。

ところが「あ」の札は16枚もありますから、最初の一字で取ることはできません。

先ほどの「秋の田の」の場合ですが、「あき」のつく札がもう一枚あります。

「秋風に・・・・・」という札がそれです。

だから3文字目の「秋の」が発声されたときすかさず、
この札を取ることができるというわけです。

このようなことが100枚すべてにあって、そのすべてを覚えておき、
必要なときに必要な反応ができて初めて、全日本戦に出場できる可能性が出てくるのです。



大人になってこんな技を習得するのは不可能だといってよいと思います。

ところが子どもの頃からお正月などで、皆カンカンになってやっていると
けっこう楽しみながらマスターできるのだから不思議です。

何から何まで全部覚えてしまう記憶力、その場その場で、必要なときに
瞬間的に反応する瞬発力、読み手の雰囲気で次の札を読み取る直感力などを
養うことができる、遊びから入り熟達し、名人の域に達することのできる
日本古来より伝わる素晴らしい競技なのです。

下手は下手なりに、和歌のもつ情緒を楽しむことができますし、
こんな素晴らしい遊びが日本から消えていくのは残念なことだと、
最近になってつくづく思うようになりました。

佐藤天彦さんのように、これを次世代に引き継ぐということをライフワークにされる方が
おられれば素晴らしいのですが・・・。


  

Posted by (株)トータルヘルスデザイン会長 近藤洋一 at 11:18TrackBack(2)気づき